やさしい色
距離があいた。
知人同士が取るような幅じゃない。
今の2人は他から見たら間違いなく見ず知らずの人だ。
バックミラーに映る入栄は、何やら一所懸命、携帯をいじっている。
(はじめてあんなにちゃんと、話、した……)
入学以来、一度として席替えをしていない柊のクラスは、入学時の出席番号のまま、
入栄は窓際一列目の前から2番目、吉崎は廊下側一列目の後ろから2番目で変わっていない。
直線で引いたら、1番と最後の人の次に遠い距離。
それに入栄は、自分の席に近い方のドアから入るようにしているのか、よく前のドアを利用する。
ロッカーも窓際からはじまるため、
2人は同じクラスメートという以外とことん接点がなかった。
理科室での授業などはもはや入栄の頭すら見えない。
それに―――……。
(入栄くんて、とてもおモテになるのよねぇ……)
『入栄くんって恰好いいよね』
『一週間に7人の子に告られたんだって』
『背ぇ高いし、イケメンだし優しいし、言うことナシだもん』
―――……女子たちのうわさ話が耳に蘇り、
先ほど水しぶきから庇われたことや、束の間の相合い傘、他愛ないお喋りを思い出して、
ふと自分ばかりがものすごい得をしているような気分になった。
彼にしてみれば何でもないような些細なことが、女子の中にはその些事をたまらないほど渇望して、
なかなかそのチャンスに巡り会えずいる人もいる。
そう思うと、危ないところで救われたこのタオルも、それまではただ自分本位で、
汚れなくてラッキー! とだけ呑気におもっていたけれど、
ここにきて、なんだかすごく貴重なもののように思えてきた。
ファンの子たちに申し訳ない思いで、柊はそっとまぶたを伏せる―――
伏せかけたとき、鏡越し、
入栄と目が合った。