やさしい色
(―――!)
柊はぱっと下を向いた。
すぐ逸らしてしまったのは、罪悪感があってのことではなかった。
ならどうしてかと訊かれると、返事にこまる。
自問は尽きず、しかしこれという答えには結びつかない。
ただ、この胸を押し上げる一筋縄ではいかなさそうな心臓、
無性にうるさい鼓動が誇示してくるものが、その答えに当てはまりそうな気がしないでもない―――……。
けれど、ならばこのやかましいものには何という名前がふさわしいのだろう。
それがはっきりしないうちは、何一つ解決したことにはならない気がした。
僅かばかり心を残しながら、それでももうミラーは見られなくて、
柊はほとんど外を眺め得ないくすんだ窓に視線を移す。
さまざまな大きさの粒形の雨に侵食される窓、
外から届く不躾で無機質な喧騒が、ざらつく心を絡め取り、平らかにならしてくれる。
教室にいるときのよう、入栄の存在をさほど意識しなくなった頃、柊はアナウンスに応じて停車のボタンを押した。
背後から足音がして、同じ停留所で降りる人がいるようだと察しながら、柊は財布から乗車賃を取り出した。
バス停の案内板が見えてきた。
通路側の足を前に出して、降りる用意は万端だ。
そのとき。
いきなり背後から、通せんぼうをするようにすっとビニール傘が差し出された。