やさしい色
ぎょっとして身を固くする。
戸惑いながら後ろを振り返った。
すると、一番後ろの席にいたはずの入栄がなぜか柊のすぐ後ろのシートに収まって、
背もたれに手をつきながら、前のめりに傘をすすめているところだった。
傘を差し出すその意図を瞬時に理解しながら、
柊はすぐには次の行動に打って出ることが出来なかった。
つと空を仰ぎ見る。
……雨はまだまだ止みそうにない。
「い、いいよ……悪いから」
「持ってって。ばあちゃんち、バス停から近いから」
「だけど……」
屈託ない笑顔に柊は困惑する。
帰宅部の柊は夏休み中は学校に行く用事がない。
普通に考えて、
『貸すけど、夏休み中の俺が部活のある日に返しに来いよ』
とは言うはずがないから、そこを汲んで、自主的に学校に届けに行くことになるだろう。
それは、正直かったるい……。
始業式まで待たせるよ、なんて言える勇気は柊にはないし、そこまで気を許した仲でもない。
結論、借りない方がいい、ということに落ち着く。
「やっぱりいいよ。さっき助けてもらっただけで十分」
「始業式に返してくれたらいいからさ」
そう言われると気持ちは揺れた。
我ながら情けないと苦笑しつつ、それでも途中までは意志が勝っていた。
……けれど、ゆずらない入栄の強情さに畳みかけられて、結局、受け取ってしまう。
入栄が恐縮するほどぺこぺことお辞儀をくりかえし、柊はバスを降りた。