とっておきのSS
髪を撫でられる感覚に、結衣はぱっちりと目を覚ました。
そばには大きいロイドが座って、ベッドに縋った結衣の頭を撫でている。
目が合うとロイドは、優しく微笑んだ。
「ごめん、眠ってた。いつ来たの?」
「ついさっきだ。待たせて悪かったな。夕方から突然会議が入ったんだ」
「ううん。気にしないで。あれ?」
身体を起こした結衣は、周りをキョロキョロと見回す。
ベッドの上で眠っていた小さいロイドがいなくなっていたのだ。ベッドのそばにあった小さい靴もなくなっている。
テーブルの上には、彼がケーキを食べた皿とフォークがそのまま残されていた。
小さいロイドが確かにここにいた事を物語っている。
「ねぇ。男の子見なかった? ベッドで眠ってたはずなんだけど」
「男?」
ロイドが不愉快そうに眉を寄せる。結衣は慌てて補足した。
「小さい男の子よ。あなたみたいに金髪で緑の瞳なの」
「オレが来た時には、おまえしかいなかったぞ」
狐につままれたような気になる。
どうやってクランベールに帰ったのだろう。小さいロイドは確かにいたのだ。
結衣は彼を見つけてから、いなくなるまでの記憶を辿り直してみる。
ふと、途方もない仮説が閃いた。
小さいロイドは子供の頃のロイド本人ではないだろうか。
そう考えると、彼の言っていた事すべてに辻褄が合う。
ロイドの育ての親、ブラーヌは考古学者で、いつも遺跡で発掘してきた石版や土器の破片を眺めているらしい。
そして甘えん坊のロイドを独り立ちさせるために「オレはおまえのパパじゃない」と突き放したと言っていた。
ロイドが小さい頃には、国王陛下はまだ”殿下”だったはずだ。髪が長かったかどうかは不明だが。
さらにロイドがブラーヌに引き取られて間もない頃、遺跡は活動期で異世界への通路が開いていた。
遺跡の装置を調べて作られたロイドの時空移動装置は、最初の頃時間がずれる事がよくあった。
遺跡の装置から通じる異世界への通路も、時間がずれる事があるのではないだろうか。
同じ人が同じ時間に同時に存在する事はできないと、昔読んだSF小説に書かれていた。
ロイドが同じ場所にやって来た時、小さいロイドは時間の法則に従って元の場所に戻されたのではないだろうか。
もちろんSF小説に書かれていた事なんてフィクションなので、本当のところはどうなのか謎のままだ。
けれど異世界クランベールと行き来している結衣には、途方もない仮説も絶対にありえない事ではないように思えた。