とっておきのSS



 翌日、結衣はロイドと一緒に人捜しマシンで実家に戻った。家の中はエアコンが効いているので、十分快適だ。

 ところが、家族そろって墓参りに行くために、一歩外へ出た途端、ロイドは思いきり顔をしかめた。


「なんだ、このまとわりつくような蒸し暑さは」

「だから暑いって言ったじゃない。熱中症になったら大変だから、こまめに水分を補給してね」


 そう言って結衣は、お茶を凍らせたペットボトルをロイドに渡す。

 汗を拭いながら玄関先で待っていると、弟の蒼太が運転する父のワンボックスカーがやってきた。彼は一足先に両親を連れて墓へ供える花や果物を買いに行っていたのだ。

 そのため車の中はすっかり冷房が効いていた。ロイドがさらなる地獄を味わう事は回避できたようだ。

 涼しい車内にロイドを押し込み、霊園に向かって出発する。

 立川家のご先祖が眠る霊園は、住宅街のはずれにある山の斜面に造られていた。

 駐車場に車を止めて、みんなで墓に向かう。坂道や階段を上って墓にたどり着く前に、ロイドはすっかり体力を消耗していた。

 額や首筋から滝のように汗を流し、息は荒くなっている。こんな事になるのはだいたい予想していた。

 結衣は立ち止まって辺りを見回す。坂道の途中には所々に木が植えられている休憩所があるようだ。

 前を歩いていた蒼太に声をかけて、結衣はロイドと共に一旦木陰に避難した。ロイドを木陰にある木製のベンチに座らせる。

 木陰の休憩所には水道もあった。冷却機能付きのタオルに水を含ませて、ロイドの首と額に巻き付ける。

 少しして、ペットボトルのお茶を飲みながらロイドが気だるげにつぶやいた。


「想像を絶する暑さだ」
「まだ午前中だからマシな方かもね。最高気温は三十六度って予報が出てたから」
「おまえはよく平気だな」
「平気じゃないわよ。でもどうしようもないじゃない」
「ニッポンは過酷な国だな。気温が氷点下になることもあるんだろう?」
「そうね」


 ロイドは以前、冬の一番寒いときに日本へ来た事がある。気温の変化が少ないクランベールに比べると、確かに日本は過酷な気象条件の国なのかもしれない。

 しばらく休んでいるうちに、ロイドも大分落ち着いてきた。これならそばを離れても大丈夫だろう。


「お参りしてくるから、ここで待ってて」


 結衣がベンチから腰を浮かせると、ロイドも慌てて立ち上がった。


「いや、オレも行く。ここで座っていたんじゃ何しに来たかわからないじゃないか」
「だって暑いのダメなんでしょ? また倒れそうになったら困るし」
「今度は大丈夫だ」


 頑固なロイドはいうことを聞かない。

 結衣はひとつため息をついて、ロイドが首に巻いたタオルを外す。


「じゃあ、これをもう一度水で冷やして」


 冷却タオルを水道水で冷やし、結衣はロイドを連れて墓へ向かった。

 墓に線香をあげて手を合わせる。ロイドも見よう見まねで同じようにお参りをした。

 お参りを済ませた家族一同は、ロイドがまた倒れそうになってはまずいので、さっさと車に乗り込む。蒼太が先に車に戻って、車内を冷やしておいてくれたらしい。

 初日にしてロイドは、日本の夏の暑さをイヤというほど満喫できただろう。


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