とっておきのSS





 翌日、近くに住む親戚がやってきた。結婚式にも出席していた親戚たちだ。

 ロイドに対してあまり根ほり葉ほりお国事情などを尋ねてもらっては面倒なので、挨拶を済ませた後は、家から退散することにする。

 とはいえ、外は相変わらず猛暑で、ロイドには過酷な気候だ。涼しいショッピングセンターにでも避難しようかと考えていると、蒼太が提案してきた。


「ロイドさん暑いのダメみたいだから、冷たい水に浸かりに行こうよ」
「冷たい水って海水浴? 海は遠いから泳いでる時間より往復の時間の方が長くなるわよ」


 即座に反対する結衣の横から、ロイドが不思議そうに尋ねる。


「海水浴って、海に浸かるのか?」
「うん。水に浸かって遊んだり、泳いだりするの」
「海で泳ぐ?」


 驚いたように目を見張るロイドに、結衣は首を傾げた。そんなに驚くことだろうか。


「クランベールでは泳がないの?」

「泳ぐのはもっぱら屋内のプールだ。海で泳ぐことがあるとしたら、船が転覆したとか不測の事態だな」


 気候が温暖なクランベールでは、涼を求めて海に浸かる必要はない。そのため海水浴の習慣がないのだろう。水温も低すぎて、浸かると冷たすぎるかもしれない。

 クランベールと行き来するようになって一年になるが、まだまだ知らないことがあるようだ。


「海じゃなくて川だよ。葦良川(あしらがわ)の上流にキャンプ場ができたんだって。河原でバーベキューしたり泳いだりできるらしいよ」


 蒼太に詳しい場所を訊くと、車で三十分くらいのところだという。

 珍しいもの好きのロイドは、川で泳ぐこともさることながら、バーベキューにも興味津々の様子。

 山の中なら町中よりはずいぶん暑さも和らいでいるだろう。

 親戚たちが両親と昔話に興じているうちに、さっさと出かけようということで、準備もそこそこに蒼太の車に三人で乗り込んだ。バーベキューの食材や機材は、キャンプ場で手配できるらしい。

 キャンプ場についたのは、ちょうど正午だった。

 バーベキューの食材と機材を調達して、早速河原に向かう。河原にはすでに何組かの家族連れやグループがいた。

 運良く空いていた木陰に陣取って、バーベキューを開始する。

 蒼太と結衣が網の上に野菜や肉を並べているのを見て、ロイドもそれにならった。

 ロイドの箸使いを見た蒼太が、感心したように言う。


「ロイドさん、箸使うの上手いですね。クランベールにも箸があるんですか?」
「ない。ユイに教わった。毎朝、ワショク(和食)なんだ」


 器用なロイドは結構あっさりコツを掴んで、結衣が密かな優越感に浸るヒマを与えなかった。

 蒼太も密かに企んでいたらしく、がっかりしたように肩を落とす。


「なんだ、ロイドさんに箸を使わせて、肉独り占めしようと思ったのになぁ」
「残念だったな」
「野菜も食べなさいよ」


 ロイドがバーベキューを珍しがっていたので、クランベールでは外で食事をする習慣がないのかと思ったら、そうではないらしい。

 軍隊が戦時下や訓練中に野営をしたり、登山中とかまわりに食事をとれる場所がない場合は、外で食事をすることもある。あとは、ガーデンパーティとか。

 けれどわざわざ外で食事をするためだけの行事はないようだ。

 言われてみれば、日本人って「バーベキューしよう」と、それだけのために出かけることがあるような気がする。

 蒼太は「バーベキューといえば、ビールなんだよ」とまたしてもロイドに、おかしな決まり事を吹き込む。運転手は蒼太しかいないので、今回はノンアルコールビールだが。

 さすがに大きな男が二人もいると、食べる量も半端ない。多すぎるかと思われた大量の食材も、あっという間に胃袋の中に消えてしまった。

 バーベキューの後片付けをして、少しの間雑談をした後、蒼太とロイドは車の中で水着に着替える。結衣は泳ぐつもりがないので、木陰で待っていた。

 昔から水着になるのは苦手なのだ。なにしろ水着になると身体の線がばっちり現れる。小さい胸がことさら強調されるので、わざわざ水着になりたくない。

 そういう裏事情までは知らないが、蒼太は結衣が泳ぐのを嫌っている事は知っている。けれど知らないロイドは、ここに来る車の中で話したら少し残念そうにしていた。

 ペットボトルのお茶を飲みながら、川を眺めつつ結衣が待っていると、水着に着替えた二人が戻ってきた。

 上半身裸のロイドを見て、そのまぶしさに結衣は思わず目をそらす。

 水着なんだし、彼の裸を見るのは初めてではないし、別に照れくさいとかそういうわけではない。

 元々ロイドは色素が薄いので肌は白い。その上、いつも研究室にこもっていて家に帰ってくるのもすっかり日が暮れた後なのだ。ほとんど日光に当たることがないのではないだろうか。

 その日焼けしてない白い肌が、夏の日差しに照り映えて、文字通りまぶしいのだ。


「おまえ、本当に泳がないのか?」
「うん。川の中を歩くだけで十分だから」


 そのつもりで、多少は濡れても大丈夫な格好で来た。つばの大きな帽子に長袖シャツ、水濡れ回避のためにショートパンツで露わになった足には日焼け止めクリームを塗って紫外線対策も万全だ。

 裸になって背中がジリジリとし始めた男たちは、川に駆け込んで、水の冷たさに奇声を発した。
 結衣も遅れて川に足を浸して、同じように声を上げてしまった。

 ロイドはよほど暑いのか、時々頭まで水に沈めながら、まるで温泉にでも浸かっているかのように、ずっと静かに川の中で座っている。
 メガネを外しているので、周りがよく見えないから動けないだけかもしれない。

 一方蒼太は、少し深いところをバシャバシャ泳いだり、岩陰に潜んでいた魚を追いかけ回したり、ひとりで三人分騒いでいる。

 そんな二人の様子を、結衣は岩に座って水に足を浸しながら眺めていた。

 やがて日が傾き始め、ロイドも十分に涼をとることができたようなので、道路が混雑する前に帰ろうということになった。

 川から出てきたロイドを見て、蒼太と結衣は一様に目を見張る。遠くにいるときには、あまりわからなかったが、目の前にすると驚くほど異様なのだ。

 半日、真夏の強烈な日差しにさらされて、痛々しいほどに日焼けしたロイドは、顔も肩も背中も鮮やかなショッキングピンクに染まっている。

 色素が薄いので、黒くならなかったのだろう。日焼け止めを塗ってあげなかったことを結衣は後悔した。

 黙って凝視する二人を怪訝に思ったのか、ロイドが結衣に尋ねる。


「どうした?」
「鏡、見てみたら? 内面がにじみ出したみたいよ」


 眉をひそめつつ、ロイドは車のサイドミラーをのぞき込んだ。そして派手に驚きの声を発した後、そばで笑っている結衣の額をペシッと叩く。


「内面がにじみ出したってどういう意味だ」
「エロ学者だから、内面はピンク色でしょ?」
「だまれ」


 もう一度結衣の額を叩いた後、ロイドはクスクス笑っている蒼太と一緒に車に乗り込んで着替えた。
 着替え終わった二人と共に結衣も車に乗ってキャンプ場を後にする。

 帰る道すがらピンク色に染まった顔を眺めながら尋ねた。


「顔とか痛くないの?」
「少しヒリヒリするかな」


 痛くなるのはもう少ししてからかもしれない。帰ったらカラミンローションでパックして、もう一度笑ってやろうと結衣は思った。



(完)


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