とっておきのSS
結衣は自分の髪をつかんで、小さいロイドの前で振って見せた。
「ほら、私はこんなに髪が長いでしょ?」
「ペトリュス殿下も長いよ」
ペトリュスって確か、王様の名前だ。やはり子供だからか、陛下と殿下を間違えている。
王様の髪は肩より少し下まであったから、長いといえば長いが。
ああ言えばこう言う、理屈っぽいところは大きいロイドとよく似ている。
理詰めで勝てそうにないので、強引に押し通す事にした。だいたい結衣は本当にお姉さんなのだから。
「とにかく、私はお兄さんじゃなくてお姉さんなの。いい?」
「うん」
「で、なにか用?」
「おなかすいた」
弱った。週末はクランベールに行くので、冷蔵庫の中に食材が何もない。会社帰りに買ってきたのは、ケーキの材料だけだ。
そう考えて、ケーキがあることを思い出した。
ロイドへのお土産が少し減ってしまうけど、子供にあげたのなら許してもらえるだろう。
「チョコ……じゃなくて、ショコラは好き?」
「大好き」
嬉しそうな満面の笑顔に、結衣も自然と笑顔になる。小さいロイドもチョコ好きのようだ。
小さいロイドをその場に残して、台所からすっかり粗熱の取れたガトーショコラを切り分けて持ってくる。
床に置かれた小さなテーブルの上にケーキの皿をのせると、小さいロイドがベッドから飛び降りてきた。
ベッドのそばに脱ぎ捨てられていた靴を履こうとするので、それをやんわりと阻止する。
クッションの上に座らせてフォークを渡すと、小さいロイドは夢中でケーキを頬張った。
結衣は目を細めて、その様子を眺める。ロイドが小さい時もこんな感じだったのかなと想像した。
ケーキを食べ終わった小さいロイドは、すっかり結衣に打ち解けて、色々な話を聞かせてくれた。
彼の父親は石や土の塊が好きだとか、パパと呼んだら怒られるとか。
少しすると、おなかも膨れてしゃべり疲れたのか、小さいロイドは座ったまま船をこぎ始めた。
結衣は彼を抱き上げてベッドに横たえる。ほどなく小さいロイドは寝息を立て始めた。
ベッドに縋ってかわいい寝顔を見つめているうちに、結衣もいつの間にか目を閉じていた。