美容師男子×美麗女子
ふと、ぼんやり思い出した。
あたしは最近、嘘をついていないのか。
それは気付かなかった。
いつも自然に嘘をついていたから、あまりにもそれが日常すぎて分からなかったのかもしれない。
嘘が、あたしの体の一部みたいなもんだった。
嘘をつけない人間なんて、人間じゃない。あたしはそう思う。
羽がない鳥みたいに、牙がないライオンみたいに、尾ひれがない魚みたいに、それは全く価値のないものだと思う。
人間は嘘をつかないと、人間じゃない。
生物のなかで嘘をつくのは、きっと人間だけだと思う。
神様は利口な生き物を作ったけど、その生き物は神様まで欺く“嘘”をつけるんだ。
嘘もつけなくなったら、生きていけなくなる。
「千尋ー」
わざと甘えた風な声を出して、千尋の首に巻きついた。
甘い、甘い匂いがする。
その匂いをいっぱいに吸い込んで、あたしは笑って見せた。
泣いたせいなのか、顔が引き攣る気がする。
「なんだよいきなり、ガラにも無い」
「あたしはそう言う気分なの」
千尋だってあたしに言うくせに、そう言う千尋も嘘をついてるんじゃない。
きっとこんなに優しく笑える千尋も、嘘をつく。
だけど、今は、こんな状況が楽しかった。