美容師男子×美麗女子
「今日は油断してるから、駄目」
「油断してる千咲でもいいよ」
「あたしが嫌なの」
はは、と千尋は笑った。
「千尋、その笑顔、誰にも見せない?」
「いや、笑わない店員とか駄目だろ。だから無理です」
「じゃあせめて、誰にも好かれないようにしてよ」
「それはそれでいいのか…?」
「アミみたいな子が増えたら、どうすんの」
「じゃあ言うけどよ、千咲のバイトはどうなんの?」
「…」
「バイトやめろよ」
「はっ無理無理無理。給料いいの」
「俺が嫌だ」
「っ、ちょっと」
「絶対俺より千咲のバイトの方が許されない」
「ち、ひろ!!」
耳を咬み始めた千尋の頭を殴る。
が、彼は特に気にする様子はない。
「や、めろ!こそばゆい」
「千咲」
「…なに」
「勃ちそう」
あたしはそいつに頭突きした。
頭を抱えて悶絶する千尋はまだ若干笑っている。
「萎えた?」
「…萎えた」
「それはよかった」
「あの、冗談だから」
千尋の隣に座る。
千尋は上体を起こした。
「“春樹くん”よりすき?」
まっすぐに見つめられて、その瞳に不安があることを知る。
そうか、あたしは千尋にこんな顔をさせていたんだ。
「好きに決まってんじゃん。…だけど、ごめん、春樹くんは忘れることはできない。もう義兄になったし」
「…は?」
「え?何が?」
「…義兄?」
「姉の婚約者があたしの元カレ」
千尋は目を見開いている。
あれ、言ってなかったっけ。
「なに、その爛れた恋愛。昼ドラみたい」
「ちょっと、あたしの本気を馬鹿にしないでよ」
「千咲、大丈夫なのか?」
「何が?」
「だって、家帰ったら居るんだろ?」
なんとなく、春樹くんを思い出す。
高圧的な長身と、がっしりした体、無骨な指。
どれも忘れることなんかできそうにないけど。
「今は千尋が居てくれるんでしょ?あたしが春樹くんを忘れられるように、頑張ってよ」
「…上から目線は変わらないんだな」
「もちろん」
だってあんたはあたしのものだもの。
唇が触れ合う寸前に、あたしはそう呟いた。