美容師男子×美麗女子
「ほんと、誰か居ないか探してたんだよな。よりによって、学校の花の千咲さんが練習台になってくれるなんてな」
千尋はぱっと手を離した。
汗が冷えて、一瞬で手が冷たくなる。
「千咲、でいい。」
そう言ったら、千尋はあたしを見下ろした。
一瞬考えたみたいな顔になって、それでまた薄く笑った。
「あぁ、わかった。千咲、な。よろしく」
差し伸べられた手を握る。
なんとか笑顔を作って見せた。
「じゃあ、また月曜日に。さようなら」
「おう、また。本当にありがとうな!」
千尋は人懐こい笑顔を浮かべて、あたしに手を振った。
それに笑顔で応えながら、あたしは店の外に出る。
扉を押すと、冷たい風が入り込んできた。急いで扉を閉めて、あたしはジャケットを羽織り直す。
時計を見る。千尋のおかげで、だいぶ時間を潰せた。
変な奴だったな、千尋。
あたしが花?やっぱり変な奴。
あたしはポケットからイヤホンを伸ばして、耳に差し込む。
一時停止のままだったジャズバンドを再生して、足を踏み出す。
軽くなった髪。なんだか、世界が軽く感じる。
ずっしり重い足取りが、軽くなった気がする。ただの、“気”かもしれないけど。
千尋の、魔法なのかな。なんて。
今度は赤信号に引っ掛からないで、あたしは歩きだした。