美容師男子×美麗女子
□蜜は苦い
玄関を開ける。
薄暗いなかで、あたしの目はしっかりと黒い革靴をとらえた。
見間違いかもしれないから、電気をつける。
28.5センチの大きさが、あたしの期待を叩き落した。
「ただいま」
台所の母が、「おかえり」とあたしに笑ってくれた。
「お父さん、今日残業みたいよ」
「そうなの。じゃあ今日帰り遅いんだね」
母は夕飯の支度をしながら、あたしに目をやる。
「部屋でのんびりしてくるー」
「千咲、あんたちょっとは手伝いなさいよ」
「そのうち」
困ったように笑って、あたしは自分の部屋に入った。
部屋の扉を閉めると、あたしの匂い。
化粧と、香水と、整髪料の匂い。どうやってもとれないこの匂いは、どうやらあたしの体に染み付いたみたい。
「おかえり」
一瞬、心臓が高鳴った。
あたしは電気をつけて、部屋を確認する。