美容師男子×美麗女子
□美質、そして虚無
□ □ □
あたしは、グラス一杯に注がれたワインを思いっきり飲み干した。
隣に居るサトルさんはもう新しいお酒を追加している。
「どうしたの、アヤカ。今日はよく飲むなあ」
「だって、嫌なことがあったら飲んだほうがいいって言ったの、サトルさんじゃん」
そう言うとサトルさんは大笑いして、またワインを飲み干した。
「言ったっけ俺、そんなこと」
「言ったよ!もう、忘れたの?」
サトルさん、ごめん。嘘。
そんなことをサトルさんは1度も言ってないけど、言ったようにみせかける。
そうすると、自分が言ったことが覚えられてるんだ、ってお客さんは喜ぶみたい。
これは店長直伝の技。
「アヤカ、何か嫌なことあるのか?」
うるさい店内で、あたしは低いサトルさんの声によく耳を澄ませた。
「うん、・・・・なんだと思う?」
あたしは視線を下に向ける。
高いミュールから覗く、藍色のネイル。
クリアストーンがシャンデリアに反射して、きらきらする。
あたしはまた、グラスを手に取った。