美容師男子×美麗女子


千尋の心臓の音が聞こえる。

落ち着くその音に耳を向けて、筋肉も肉もない背中に腕を回した。


「・・・・・・・泣かないんじゃなかったけ?」

「泣かないとは言ってないから」


子供をあやすみたいに、千尋はあたしの頭を撫でた。

子ども扱いしないで、って言おうと思ったけど、心地良かったからいい。



失恋したんだ。

泣きすぎて頭がこんがらがってたけど、あたし、失恋したんだ。


もし、春樹くんを好きになるのがもう少し早くて、もう少し素直になれていたら。

あたしは変われてたのかな。



千尋が部屋の電気を消した。

時計をちらりと見ると、もう夜中になるところだった。

千尋は大きなあくびをして、あたしを見下ろす。


「俺、寝るわ」


あたしを離して、千尋はもたれかかっていたベッドに潜り込んでいく。

一瞬、思考がとまった。


「ねぇ、あたしはどこに寝るわけ」

「・・・・どっかで寝てたら」

「どっかって・・・・・」


千尋はごろんと寝返りをして、何事も無かったかのように寝始める。


信じられない。

この男は空気が読めないのか。


あたしは何も考えないで、千尋の布団に潜った。

千尋を壁側に押しやって、あたしはその隣に寝転んだ。

暗闇の中でも、千尋が不服そうな顔をしていることがわかる。

だけどあたしは気にしないで、千尋に「おやすみ」だけ言って、目を閉じた。


千尋の甘い匂いがすぐにあたしを眠りに誘った。


< 84 / 210 >

この作品をシェア

pagetop