仮からはじまる
第三章

結城真一の運転する原付は、スピードをゆるめてどこかの駐車場で止まった。

「おい、大丈夫か?」

あたしの背中を支えながら体を離した結城真一に間近に見つめられて。
思わずどきっとしちゃう…。

だからっ!!
顔が近いのよっ!!

結城真一は何も考えてないんだろうけど。
むやみに顔を近づけるのはやめてほしいわ。

「唯ちゃーん、自転車隣に止めるね」

間延びしたのんびり口調で平野篤が言う。
この人の口調って、いつもどんなときでもこんなかんじなのかしら。
場違いなときもあると思うけど…。

結城真一はあたしの腕を支えながら地面に降ろしてくれた。

でも…。
体に力が入らなくてうまく立てない。

「で?助けてやったお礼は?」

はあ?
何よそれ。
こっちは恐怖体験よっ!!
本当に怖かったんだから。

でも…。
考えてみたら、あのヤンキーの集団からは助けてもらったわけだし。
助けてもらえなかったら今頃どうなってたか…。
考えたくないわ。

そ、そうよね。
助けてもらったのに、あたしったらお礼のひとつも言ってなかったわね。

「あ、ありがとう、ございました…」
「ああ」

一生懸命言ったつもりだったのに。
軽く鼻でふんと言われちゃって。

ちょっとちょっと!!
何よその尊大な態度はっ!!

結城真一はあたしに謝ることがあるんじゃないの!?

確かにね、助けてほしいと言いましたけど?
他にやり方があったはず…。
何も言わず原付に乗せるなんて!!
しかもあんなふうに!!
完全な交通違反でしょー!!

本当に怖かったんだからこの暴走原付っ!!
どんだけスピードだしてたのよ!?

それにっ!!
だっ、抱きしめたり、なんかしてっ!!
一体どういうつもりなの!?

思い出したらまた急に恥ずかしくなって、思わず顔が熱くなる。

もういやー!!
< 10 / 48 >

この作品をシェア

pagetop