仮からはじまる

「唯ちゃん、もしかして、もう付き合ってる人、いるの?」
「いっ、いないけど…」
「いないけど?じゃあ、好きな人がいるの?」
「いっ、いません…」

なんでそんなこと平野篤に言わなきゃならないのよっ!!

「じゃあいいじゃん」

いいじゃんじゃないでしょー!!

「シンの名前を利用したらいいじゃん」

利用?
結城真一の、名前を、利用?

「シンは唯ちゃんを監視する、唯ちゃんはシンの名前を利用したら?お互いそれでいいじゃん」

そういえばさっき…
『またさっきのやつらに何か言われたら、俺の彼女だって言えばいい』
『シンの彼女だって言えば大丈夫だから』
って言われたっけ。

【結城真一の彼女】の名前に守られる?
そうすれば、もう、あの人たちに何かされることもなくなる?

そう思ったら、急に気が軽くなる。
もう絡まれることもなくなるのね?
それって、とっても喜ばしいことじゃない?

昇降口で結城真一が現れたときの、あの集団の動揺と怯えた様子を思い出す。
結城真一に睨まれただけで、すぐに去って行ったから。
つまり、結城真一とは関わりたくない、ってことでしょ?
結城真一の名前って強力なのかも?

付き合うっていっても、監視するためだけ。
彼女っていっても、監視するための便利な肩書き。

まあ、監視されるっていうのは気になるけど。
でもそのせいで、あの面倒な集団と関わることもなくなるんだから。

そうよね?
平野篤の言うとおり、結城真一の名前を利用してやればいいのよ。
あの集団を追い払うために。

「わ、わかったわ」

あたしは結城真一と向き合うと、大きく息を吸った。
でも、結城真一にじっと見つめられて、急に恥ずかしくなる。
いつもの眉間のしわは消えてて、心なしか少し穏やかな表情。
ああ、かっこいいって噂されてる意味がわかったわ。
意識するとどきどきしちゃって…

って!!
これじゃまるで告白するみたいじゃない!!

なんでそうなるのよ!?

落ち着いて、もう一度、深呼吸…

「よ、よろしくお願いします…」
「ああ、よろしくな」

わ…
笑ってる…
結城真一が笑ってる…
てっきりまた鼻でふんと言われるだけかと思ってたのに…

こんなに優しい顔で笑うの?
ていうか、笑うとこんなに優しい顔になるの?
いつもの不機嫌な仏頂面からは想像もできないわ…

「よかったねー、シン!」

平野篤にからかうように言われて。
またいつもの眉間にしわの不機嫌な雰囲気に戻っちゃった。
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