仮からはじまる

ああ、もったいない…。
何がもったいないか聞かれたら困るけど…。
もっと笑ったらいいのに。
と思うの。

「帰るか。家まで送るわ、もう遅いし」

結城真一に突然言われて。

えっ!?
なんで?
なんでそうなるの?

「え、あの、別に大丈夫よ?」
「まだあいつらがうろうろしてるかもしれねーだろ」
「そうだねー。じゃあ、気を付けて。俺は歩いて帰るから」
「あ、アツ。原付乗ってその辺のコンビニにでも待ってろよ。連絡するから迎えに来てくれ」
「あ、ほんとに?わかったよー」

それだけ言うと平野篤は原付に乗って

「じゃあねー、唯ちゃん。シン、あとでねー」

そう言い残して行っちゃったの。

ちょ、ちょっと待ってよ。
あたし、何も言ってないじゃない。
あたしの意見は無視されて、ふたりで勝手に決めちゃって。
そんなふたりの会話に割り込めないあたしもあたしだけど…。

「おい、おまえ、家はどっちだよ?」

そうですね、もう送ってもらうことになってるんですよね…。

っていうか今更気づいたんだけど…。
ここどこ!?
原付に乗せられて連れて来られたけど、全く場所が分からない…。

「あ、あの、ここどこですか?」
「ああ、急に連れて来たから悪かったな。駅の裏だよ」
「そうなの、一本裏に入ったら全然わからないのね」
「まあ、もう暗いしな」

思いがけず結城真一の優しい言葉。
あ、あたし、普通に話せてるよね?
さっきまで怯えまくってたあたしだけど。
話してみたら、意外と、普通じゃない?

「とりあえず携帯教えろよ、念のため」

結城真一が携帯を取り出してあたしを促す。

ん?
あたし、男の人と携帯交換するの、はじめてだわ。
っていうか、同じ学校の人たちとも携帯の交換なんてしたことないし。

「あたし、携帯交換するのはじめて…」

思わず呟いちゃって…
こんなこと、わざわざ言わなくてもいいのにあたしったら!!

「まじかよ、俺がはじめてか?」

そんな心底驚いたように言わなくても…。

「ふーん、わかった、ありがとな」

まさかお礼を言われるなんて思ってなかったから…。
驚いて携帯を落としそうになっちゃう。

ありがとう?
なんで?

「家、どっちだ?」
「ああ、えっと、こっちです」

自転車を引きながら歩き出したあたしにぶらぶら歩いてついてくる結城真一。

結城真一は全然気にしてないみたいだけど。
あたしはさっきの言葉が頭から離れなくて何度も繰り返す。

なんでありがとうなんて言ったのかしら。
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