仮からはじまる

「そうだよー、唯ちゃん、危ないよ。でもシンと一緒だったら安心だよね?」

そ、そうよね…。
確かに結城真一と一緒なら安心よね?
とは思うけど。

「じゃあ、おれ先に帰るから。また明日ねー!」

大きく手を振りながら平野篤はあっさり行っちゃって…。
あたしまだ一緒に帰るとは言ってないのに。

またこのパターンね。
あたしは何も言ってないのに。
あたしの意見は無視されて、ふたりで勝手に決めちゃって。

確かに結城真一と一緒だったら安心だとは思うけど…。
また送ってもらうなんて申し訳ないと思っちゃうし。

もしかしたら迷惑かもしれないし、ちゃんと結城真一に聞いてみた方がいいわよね?

「これ、どこに片付けるんだ?」

言いながらあたしが持ってた世界地図をひょいと持ち上げると、すたすたと準備室に入っていく。

けっこう重かったのに…。
あんな軽々しく持つなんて。

「奥か?」

催促するように言われて、あたしも慌てて追いかけた。
手伝ってくれるなんて、やっぱりけっこう優しいのかも。

「手伝ってくれて、あ、ありがと」
「別に…」

素っ気ない態度にめげそうにもなるけど、でも、今言わなきゃっ!!

さっきからずっと考えてた、助けてくれたお礼。
平野篤には言えないままだったから、明日また言わなきゃ。

「た、助けてくれてありがとう…」
「ああ、何もされなかったか?」
「うん、ありがと」
「よかったよ、無事で」

あ…。
笑ってる…。

滅多に笑わない結城真一の笑顔が気になって、あたしは思わずじっと見てしまう。

「どうした?」
「うん、もっと笑ったらいいのに」

「笑う?」
「そう、笑ったら優しいよ。普段の顔は怖いけど…」

と、言っちゃってから後悔…。
顔が怖いって言っちゃうなんてー!!
あたしのばかっ!!

てっきり怒られるかと思って身構えたけど

「ああ、顔が怖いってよく言われるよ」

特に気にしてないみたい…。
ああ、よかった…。
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