仮からはじまる

「ところで、おまえ」

結城真一は改まってあたしに向き直ると、一歩近付いてきた。

ん?
あれ?
距離が近い…。

「おまえ、あいつらに俺と付き合ってるって言わなかったのか?」
「そっ、それは…」

じりじりと近付いてきて、壁に追い詰められる…。

「言えばよかったのに。何で言わなかった?」
「言ったところで信じてもらえるかどうか…」
「俺を呼べばよかっただろ、俺が証明してやるよ」

証明?
宣言するってこと?
さっきあの集団の前で言ってたわね。
人前で言ってどうするのよ…。
なんて考えてたら。

結城真一は棚に手をついて、あたしを両手で挟むように立つ。

何よこれ…。
身動き取れないし、逃げられない…。

「おまえが俺と付き合う理由ってなんだ?俺の名前を利用することじゃねえのか?」
「利用なんて、そんなこと…」
「とにかく呼べよ、何でもいいから」

う…。
顔が怖い…。
怒ったように言われちゃって。
どうしたらいいの?

でも、ここで怯んだら負けちゃう…。

「どうして来てくれたの?」

かなり強気の態度で言ったつもりだったけど。

「おまえが歩いてくのが見えたから」

さらっと言われちゃって。
でも、言われて気付いたの。

「来てくれなかったら、今頃どうなってたか…」
「言うな、考えたくない」

あたしも考えたくないわ。
そう思ってたら。

背中に腕を回されて。
ぎゅうと抱きしめられたの。

ぎゃぁあああー!!
こっ、これじゃ昼間と同じじゃない!!

急に抱きしめられて、ただでさえどきどきしてるのに。
昼休みのことまで思い出しちゃって。
余計にどきどきして、もう胸が苦しい。

背中に回された腕に、ぎゅうと力を込められて。
またあたしはさらに抱き締められたの。

緊張して体が硬直しちゃって。
すごい力で押さえつけられてるせいで、全然身動きとれない。

「あ、あの…」

それだけ言うのがやっとで、もう何も言えないし…。
でも。
< 28 / 48 >

この作品をシェア

pagetop