仮からはじまる
第二章

土曜日の夕方、ピアノ教室の帰り。
あたしは自転車で家に向かってたの。
いつもスーパーの駐車場を横切る近道を通ってて。
こっちから入るとスーパーの裏口。

本屋さんに寄ろうかしら。
冬は暗くなるのが早くて。
なんて、どうでもいいこと考えてたら。
10人くらいの高校生っぽい男子の集団が見えて。

う…。
なんでこんなところで固まってるの?
派手な見た目と、ガラの悪さ。
ヤンキーみたいじゃない。

違う道から行けばよかったわ…。
さっさと通り過ぎるしかないわね。
と思ってたら。

意外にも人が多くて。
多すぎ…。

自転車のスピードを上げて通り過ぎようとしたら。
集団のひとりに

「あ、御崎唯だ」

えっ?
今、呼ばれた?

聞こえない振りして通り過ぎればよかったのに。
急に名前を呼ばれたことに驚いて。
思わず止まっちゃったの。
ブレーキの音が派手に響いて。
ますます注目を集めちゃう…。

いやー!!
あたしのばかっ!!
止まらなくてもよかったのに!!

急いで走り去ろうとしても。
あっという間に集団に取り囲まれて。
自転車のかごを掴まれて、逃げることもできない…。

「知り合い?」

誰かが話したら。

「同じ学校の女子。ねー、唯ちゃん!」

ちょっと!!
馴れ馴れしく呼ばないでよっ!!
あたしはあなたのことなんて知らないわっ!!

昨日の昇降口の不良たちとは違うみたいだし…。
誰?

「かわいいしきれいだしもてるのに。あんまり他のやつらとつるんでねーの」
「基本ひとりでいるし、男も女もしゃべってんのあんま見たことねーし」
「真面目っぽいよなー」
「ふーん?」

好き勝手言ってくれるわね…。
基本ひとりで悪い?
ていうか…。
かわいいしきれいでもてる?
はじめて聞いたんですけど…。
しかも、真面目っぽいんじゃなくて!!
真面目なのよー!!

それにしても…。
この人たち、同じ学校の人もいるのね。
あたしは全然知らないから困るわ。
人の顔と名前を覚えるのが苦手な自分に後悔…。
もっと早く気付いてたら、こんな近道なんてしなかったのに。

でも…。
あたしが何も言わなかったら

「ねー、唯ちゃん、かわいいねー」
「俺らと遊ぼうよー」
「彼氏いるのー?」

徐々に輪を縮めてじりじりと近寄ってくる集団の恐怖に体が硬直する…。

ああ、もう…。
そんなに近付かないでよ…。
早く逃げたいけど。
体が動かない。
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