青のキセキ
「遥菜ちゃん、今、眠ってるんだ。昨夜からほとんど眠れてないから、睡眠薬出してもらって...あっ、でも弱いやつだから、赤...痛っ!」
翔ちゃんが、赤ちゃんのことをうっかり口走りそうだったから、海堂さんに見えないように翔ちゃんの足を踏む。
「...何があった?」
眠っている遥菜の痛々しい顔を見て、そっと頬に触れた海堂さん。
「仕事であの医者に会った時に...時計を取られたらしい。返してもらいに行ったら...そしたら...アイツに...無理矢理......」
翔ちゃんの話す言葉が震えていて。私は何も言えず、ただ下を向いていた。
海堂さんの握り締めた拳が震えているのが見える。
「何故...美空は言わなかった?アイツに会ったことを。何故...俺に隠したんだ...」
震える声で海堂さんが言った。
「お前に心配かけたくなかったんだよ。長期の出張で仕事が忙しいお前に心配かけたくないって」
遥菜に寄り添う海堂さんは、何度も遥菜の頭を優しく撫でながら、唇を噛み締めて涙を堪えていた。
「昨日の夜も、かなり悩んだみたいです。アイツの所へ行くこと。でも...行かないと時計を返してもらえないからって...」
遥菜が言っていたことを、私はそのまま海堂さんに伝えた。
「遥菜、自分は穢れてしまったから...海堂さんの所へは戻れないって...」
「......え?」
海堂さんの目が見開いて。
「海堂さん!遥菜のこと、捨てたりしないですよね?」
この2年、遥菜がどれ程幸せそうだったか。
海堂さんのお陰で、やっと過去の辛い出来事を忘れることができた遥菜。
遥菜は、ああ言っていたけれど...。本心では、海堂さんの元へ戻りたいに決まってる。
遥菜が、どれ程海堂さんを愛しているか...。
「こんなことで別れる気はないよ」
薬で眠っている遥菜の唇に、自分の唇をそっと重ねて、海堂さんは言った。
「愛してるから...」
目の前で、傷を負った遥菜を優しい表情で見つめ、遥菜の手を握りしめる海堂さん。
その姿に、胸が痛かった。
それは、隣に居た翔ちゃんも同じだと思う。
遥菜と海堂さんの未来が重なっていることを、ただ祈ることしかできなかった。