青のキセキ
「どうしたんですか...?早く...綾さんの所へ戻ってください。私なら大丈夫ですから...」
泣き顔を見せたくなくて、俯き加減で言った。
「大丈夫じゃないだろうが...」
課長に掴まれたままの腕が引っ張られて、私は課長の胸へ凭れる格好になった。
ギュッと抱きしめられ、課長の匂いに包まれ、ゆっくりと瞳を閉じた私。
「大丈夫ですから...。戻ってください。怪しまれる前に...早く」
このまま課長の腕の中にいたい。
でも、それは許されないことなんだ。
ぐっと課長の胸を押し退け、横を向いてから空を仰ぐように顔を上に向けた。
そのまま顔を上げたら、課長の顔を見てしまうと思ったから。
課長と目が合えば、きっと泣いてしまう。張りつめた気持ちが崩壊してしまうだろうから。
だから、今は課長の目を見られない...。
「これはきっと...報いなんでしょうね...。綾さんがいることを知っていながら課長を好きになって、課長を愛した私への...」
「お前だけが悪いわけじゃな...」
「いいえ。私が悪いんです」
そう...。神様はずっと見てたんだ...。
不道徳な関係を続けている私を。罪を犯し続けている私を。
そして、神様はそれを許してくれなかった。
当たり前のことなのに。許される訳がないのに。
心のどこかで、課長との未来を夢見ている私がいたのは事実。
だから...私は報いを受けた...。
「もう戻ってください」
「話しがあったんじゃないのか?お前の話って何だったんだ...?」
課長の低い声。
言えない、言える訳ないじゃない。
綾さんの妊娠を知った今、私も妊娠してるなんて...言えるはずがない。
「仕事のことです。体調もまだ戻らないし、会社を辞めることにしました。それを報告したかったんです」
とっさに嘘を吐いた。ううん、嘘じゃない。会社を辞めると決めたことも課長に言うつもりだったんだから。
「辞める...?」
驚いている課長。
「...はい。このまま休み続けて皆に迷惑をかけるわけにはいかないので...。近いうちに退職願を出すつもりです」
「本気なのか...?」
「...はい」
「...そうか。お前が決めたのなら、俺は何も言わない」
「じゃ、帰りますね」
そう言って、私は課長に背を向けて大通りまで急いだ。
課長が追いかけてくる様子は無くて、ホッとしたような寂しいような気持ちを覚えながら、私はそのまま駅へ向かった。