魔王と魔女と男子高生と
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だから陸琉はあえて
何かをいうことはない。

陸琉が知る限りいつも
空砂はこうだから。

いや、陸琉が知っている
空砂はいつもこんな
調子だから。

陸琉が空砂と親しく
なったのは高校に
入ってからだから
いつからこんな調子かは
わからない。

ただ、少なくとも
陸琉が知る限り空砂は
いつもこうだ。

「僕はきっと勇者の
生まれ変わりなんだよ」

キラキラと大きな
美しい瞳をさせて
夢見るように
言うもんだから

陸琉は仕方なく
苦笑いを浮かべながら、

「そうだといいな……」
と言ってあげる。

陸琉は決して口に
出さないが空砂は
壊れていると思っていた。
肉片の話だって、
空砂の忌まわしい過去の
トラウマが
生み出した産物な
のだと考えている。

そんな陸琉の苦悩など
知らない無邪気な
空砂は相変わらず
ご機嫌斜めだ。

「なんだよ親友(げぼく)
もっとちゃんと返事を
してよ!!」

「ああ、わりぃ……
まて、そのルビやめろよ、せめて逆にしろ」

「うん、わかった
下僕(しんゆう)よ!!」

「……何かそれは
それで嫌だな」

永遠に続くような
桜並木の道をふたりは
いつも歩いていく。

その道が唐突に
住宅地へ変わる頃
彼らが通う高校が
見える。

しかし、その日は
違った。

「ねぇ、陸琉……
匂うよな?」

急に空砂は何かを嗅ぎ
とろうと止まった。

「……何が?」

「もう!!鈍感だね。
ほら、アレだよ
キンドセイだっけ?」

空砂の言葉にズッコケ
かけたがそれを
押さえて、

「……キンモクセイ
だろ、土星じゃいき
すぎだな」

ツッコミを空砂に
入れてから陸琉も
嗅覚を研ぎ澄ませて
みた。

すると確かに微かに
あの甘い柔らかい香りが
鼻をくすぐった。

「確かに匂うな……
芳香剤か??」

今は桜が咲く季節。
秋に咲くキンモクセイの
香りがするとすれば
陸琉のいうように
芳香剤の可能性が高い。

「違うよ!!
きっと異界へと続く扉が
どこかにあるんだ」

しかし、空砂は
そういうつまらない
現実的ななかなか
認めない。

だからその匂いに
誘われるように歩き
はじめてしまった。

「ちょ!!待てよ!!」

陸琉は仕方なく空砂を
追いかけた。

しばらくさがしたが、
桜並木の奥深い場所にも
ツツジの花が咲き誇る
場所にもキンモクセイは
ない。

「ほら、もう行かねぇと
遅刻するぞ!!」

陸琉は空砂の馬鹿げた
遊びを止めようとした。

「ああ、もう少し……」
と言いかけと空砂は
急に言葉を切った。

「ねぇ、陸琉
おかしくない?」

空砂の唐突な言葉に
思わず陸琉は眉を寄せて

「何が?」

と聞き返した。

「音がしないよ。
それに俺たち以外
誰もいないんだ。

通学時間帯なのに……」

空砂に言われても
陸琉ははじめて周囲に
人はおろか動物の
気配もしないことに
気づいた。

「……確かに。でも
偶然かもしれないし
……」

そう陸琉が言いかけた時、
今までとは比べ物に
ならないほど強い
キンモクセイの
香りがした。

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