画家のゆび
それから暫く、少年は老人の隣に座り続けた。
無言のままに一日が過ぎる。
舗道の外側をむいていれば、湯を浴びることのできない人々がボロ切れに首を埋めながら、難しい顔をして通り過ぎていく。
誰も二人に目を留めなかった。
夕刻になっても街頭に明かりはつかなかった。
そして段々と、人が息を引き取るかのように街は静寂へと向かっていく。
「なにをしている」
少年は低く、重々しい大人の声に背中を振り返った。
深緑の、泥も誇りもつかない制服を着た軍人が帽子の中から獣のようないやしい目をぎらつかせていた。
少年は物言わず、隣の老人を一瞥する。
老人は、話しかけられていることに気づいていないのか、まだ空上のキャンパスに筆を走らせていた。
「門限の時刻が迫っているぞ、いつまでもなにをしている」
軍人は早々にじれったくなったようで、返事もしない老人に怒鳴るように問いかけた。
だが老人は振り向きもしない。
そこまで耳は遠くなかったはずであるのに。