【完】山伏ネコの旅日記
“俺の昔の名前は…ジョンだ!
今は野犬だから梶(カジ)と呼ばれてる。”
野犬・ジョン改め…カジは相変わらず厳しい表情を崩さず自らの名前を名乗った。
“ジョンとカジいい名前だね…。
どちらの名前が好きなの…?”
“ジョンは…人間からもらった名前だ…。
カジは梶の木の下に捨てられたあと…ここで野犬としての愛称としてずっとそう呼ばれてる。”
カジの名前の由来に自分は…はっとして周囲を見回した。
“自分の愛称はスギだ”
“あたしは…ツバキ…”
ヒノキにマツ…シラカバにサクラやカエデにシイ…ウメやイチョウ…。
次々に自分の愛称を告げる…その名は様々な木の名前を野犬たちは続けて名乗っていった。
もちろん…その由来も彼らがこの山岳で野犬として生まれ変わった名前に違いなかった。
“君たちの愛称で語り継ぐよ。”
オレは、決意も新たに彼らに誓いをたてた。
“俺たちも猫仙人…。
山伏ネコ・あかの伝説を語りつぐよ…。”
野犬たちも強く頷き誓いをたてた。
…ザアアァァァ。
…ザアアァァァ。
…ザアアァァァ
山岳の木々が風にあおられて羽音を揺らした。
オレは…その心地のいい風に背中を押された。
“…じゃあ…。もういくよ…。
…ありがとう…。”
オレは…野犬たちにサヨナラと告げずありがとうという言葉を残し深々とお辞儀して微笑んだ。
“…ありがとう…。”
彼らもサヨナラは言わずに…ありがとうという言葉を残して微笑みをかえした。
お互い…これが最後になることは感じてはいたが…決して別れではなく…はじまりとして最後にありがとう…と言葉を選んだ。
オレは…みんなの顔を最後に見回し人里の続く麓の道にたちその一歩を踏み出した。
遠くで風が木立を揺らす音の中に砲哮が耳に届く…。
彼らと出会った思い出を胸に刻み…自らの使命を抱いて…これから始まる途方もない旅のはじまりに立ち向かうべく…懐かしの我が家へと続く山岳の険しい山道を下山した。