鬼祓う巫女


代々久世家の巫女が受け継ぐ退魔の巫女の印。

久世家が唯一鬼に対抗できるのは、大本の印を持つ巫女の御力おかげである。この女が持つのは、鬼が最も憎き印。



生まれ落ちたばかりの赤子に刻まれるそれは、逃れられぬ呪縛のようだと紅蓮は覚えていた。

自分も、そして桃太郎も巫女も、皆この世に生をうけた瞬間から、他者がかってに押し付けてきた役割を背負わされている。


「あ……の」

躊躇いがちに口を開いた巫女の声に意識を引き戻され、すぐ傍にいる巫女の瞳と視線がぶつかる。



「ありがとう……ございました……」

言ったきり俯いた巫女に、紅蓮は驚きで目を見開いた。


まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだ。


「……俺は鬼だ。なぜ退魔の巫女が敵である鬼に礼など言う」


問い返すと巫女は驚いた顔をしたが、くすりと笑いだした。

「先に敵である巫女に優しくなったのは……あなたではないですか」


もっともだ、と紅蓮はかすかに笑みをこぼした。





今思えばあの頃の自分は背負うものの重さと使命を何一つ理解できていなかった。


身体の弱い姫巫女に花嫁の印を刻んだことを後悔したことは一度もない。

あの時印を刻まなかったら、姫巫女の命は長くはもたなかった。

いずれ自分の命を奪う巫女を守る印が、後にどんな影響を及ぼすかはわかっていた。

それでも自らが決めて刻んだ。
あの日芽生えた感情に、嘘をつき目を反らしたくなかったから。


『何故……』


印を刻まれた姫巫女は、絶望や驚愕、悲しみ。それらの感情が混ざった表情で紅蓮を見上げていた。


巫女の身の上でありながら鬼の花嫁となったことが恐ろしいのか

裏切られたのが悲しいのか

目の前にいるのは、鬼だというのに。


紅蓮はふっと自嘲気味に笑うと、唇を三日月に歪ませる。


『俺が世界を手に入れた時、それはおまえが俺の物になるときだ。覚えておけ、姫巫女よ』





5日間毎日の逢瀬は、2人に残酷なまでの優しい記憶を植え付けてしまった。


迎えと称する追っ手が紅蓮を連れ戻しに来るまでの時間は短いようで、今まで生きてきたどんな時間よりも尊く、愛しかったと紅蓮は思う。



紅蓮は襲い来る眠気に身をまかせ、静かに眠りについた。


< 10 / 49 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop