鬼祓う巫女
俯きぎゅ、っと着物を掴んだ姫巫女に、桃太郎は一度視線を反らす。
「高麗(こうらい)」
「高麗、只今馳せ参じました。我らが主」
桃太郎が呼ぶと、森の茂みから一つの影が現れる。忠実そうな一人の青年。歳は桃太郎とそう変わらず、一つ二つ下といったところだ。
高麗と呼ばれた青年は、手に持つ羽織を桃太郎に捧げると、一瞬で再び姿を消す。
「今のは……」
「俺のお供だ。ずっと俺達の後を付けていた。お前も気付いていただろう」
「ええ」
容易に気付けるものではないのだかな、と桃太郎は苦笑すると、高麗から渡された羽織を姫巫女の肩にかける。突然身体を包んだ絹に、姫巫女は目を見開いた。
「体調を崩すなよ。お前には期待しているんだからな。久世の姫巫女」
そうとだけ告げると、桃太郎は再び砂場へと腰かける。羽織をかけられた姫巫女はと言うと、思考と記憶が乱雑し、お礼の言葉を述べるのことさえ出来ずにいた。
初対面で刀を突きつけてきた男の意外な一面。思えば他人を気遣う面も多々見られたが、ここまでする男とは思っていなかったのだ。それ故に驚き、そして似たような行動をとった鬼を思い出さずにはいられなかった。
二年前。咳き込む己を抱きしめ、背中を優しく擦った鬼、紅蓮。
生まれた迷いを振り切るように、姫巫女はかぶりをふる。私はこれからあの人を殺しにいく。逃げたりしない。覚悟はとうの昔に決めたではないか、そう己に言い聞かせる。今更何を迷っているのだ。
私には、久世家を頼り信じてくれる人たちを守る使命がある。生まれたときからずっと、鬼を倒すためだけに生きてきたのではないか。
自分に言い聞かせ、胸の内に湧き上がる不安を必死にかき消す。
二年前からずっと、あの日の記憶が自分を惑わし続けている。決めたはずの覚悟を、簡単に崩されそうになる。
鬼ヶ島につけば、こんな迷いは消えるだろうか。姫巫女は隣に座る桃太郎と同じように鬼ヶ島へと視線を向けた。