鬼祓う巫女
「足りない……」
「若君っ!」
百済の存在に気付いていないのか、返り血を浴びることも気にも止めず桃太郎は刀を振るい続ける。
足りない。足りない。何故、こんなにも満たされない。
遠くで百済の声が聴こえる気がするが、何を叫んでいるのか雑音が混じり聞き取ることは出来ない。時々高麗と新羅の声も混じるが事もあろうか、聞き取るどころか更に遠退いていく。
血が熱い。身体を駆け巡る血が変化を求めるように、或いはその変化に対抗しようと暴れだしているように思える。そう、人間とは異なった“何か”に俺はもうすぐ。
「主!声が聞こえませんか!主!」
「新羅、主から身を遠ざけるのだ!」
桃太郎を止めようと新羅が桃太郎を後方から押さえるが、憑き物の新羅の力を持ってしても桃太郎を止めることは叶わなかった。高麗の忠告も聞かず、新羅は後方から押さえることを諦め、刀を持つ手を止めようと腕を掴む。
「主っ!いい加減目を醒ませよ!」
何度か肢体を刺した後、桃太郎はふと手を止める。新羅は己の声が届いたのかと僅かに安堵するが、桃太郎の瞳によって安堵はつかの間のものとなった。
「若君……」
桃太郎を見た百済も、あまりの恐ろしい光景に身体を強ばらせる。仮面の下は青ざめ、信じられないものを見るように桃太郎を見つめた。高麗も、驚愕の表情を仮面の下で作る。
鬼の閻魔と同じ、紅い瞳。
怯えた新羅は、桃太郎の腕をゆっくりと離し、後方へ後退る。
「紅蓮……」
桃太郎は虚ろな紅い瞳を姫巫女と共にいる紅蓮に移すと、力の無い足取りで歩きだす。しかし何かを思い出したのか、閻魔の首を取りに行くと再び紅蓮の方向へ歩き出した。
「鬼は皆殺しだ」
紅蓮。まだ、紅蓮が残っていた。憎き鬼の血脈。あれが生きているから、己の心は満たされない。
殺して、殺して、殺して、殺して――
紅蓮を討ち同じように殺せば、頭の中のお爺さんとお婆さんは笑ってくれる。