鬼祓う巫女
「はな、せ、百済……」
「嫌ですわ。私は死んでも貴方を離しませんわ」
紅蓮を桃太郎から引き剥がし、高麗が桃太郎を刺す間際逃げられぬよう真っ正面から取り押さえた百済は、崩れていく桃太郎の身体を今度は優しく抱き締める。そして、ゆっくりと桃太郎を横たわらせると、桃太郎の頭を己の腿の上へと乗せた。
「例え鬼になろうと、私は貴方から離れられるわけがありませんわ。若君、貴方を慕っておりますもの」
「……」
「もう、良いではないですか。戦いは終わりましたわ」
燃え盛る炎に囲まれながら、百済は戦いの終わりを告げる。桃太郎はただ、虚な瞳で百済を見つめた。邪気は完全に消え、赤い瞳は徐々に黒へ戻る。
百済は優しく桃太郎の頬を撫でると、紅蓮と等しく、しかし異なった美しさを持った金色の瞳で桃太郎を移す。未だに考えることが出来ず虚ろな瞳の桃太郎を、百済は困ったように笑った。
「主を裏切るような行為、赦されることではないのでしょう。しかし高麗も、新羅も、私も貴方を裏切ったのではありません」
「……あぁ」
百済が言わんとしていることは、既に正気へと戻った桃太郎は理解していた。
自我が消えかけ、鬼となっていく己を救うため。憎しみを抑えきれなかったとは言え、鬼へと身を落とすことは恐ろしかった。結果己が命を落とすことになろうとも、三人は己を守った。闇へ落とされずに済んだのだ。
感謝しなければならない。否。感謝してもしきれないのだ。
「貴方様が赦してくださるのならば、貴方の御側にいさせてはもらえませぬか」
紡がれる百済の言葉はとても暖かいもので、桃太郎の鼓膜に優しく響く。
瞼が、重くなってきた。意識が段々と薄れていく。重力が酷く身体にのし掛かり、身体が鉛のようだ。
意識が遠退く中。重い手を動かし、百済の腕を掴む。これだけは、伝えなければならない。
「傍に、いてくれ」
微かに笑って告げられた桃太郎の言葉に、百済は金色の目を見開く。
「ずっと御側にいますわ。我等が若君」
桃太郎は百済の答えを聞くと、襲いくる眠気に身を任せゆっくりと目を閉じた。