鬼祓う巫女
「ただし、これだけの効力がある術です。代償があります」
久世神家は陰陽師として呪術、式神、占星術、様々な術を学ぶ。当然大きな力はリスクがあり、失敗すれば反動がくる術や術者の体力・精神力が必要不可欠になってくる。
ただ――
「この"印"の代償は、私にもわからないのです」
あの日、紅蓮に"印"を刻まれた日、彼は何も言わなかった。なぜこのような"印"を刻んだのか。どのような代償が伴うのか。
「その印、恐らくは……」
それまで神妙な面もちで話を聞いていた桃太郎にも、ひとつの考えが浮かんだ。
「えぇ。私の身体、命。おそらくこれらに遠くないものが代償のはずです」
印の代償は未知であり、身体を蝕まれているであろう恐怖。それは姫巫女の心を確実に苛んでいた。
「久世神は魔を払う陰陽師家。私はその家の巫女。鬼の花嫁になどなれるこの身ではないのですから。…正直に申し上げます。ここで退鬼師である桃太郎殿に巡り合ったのも神の導き。私は、この忌まわしい印から解放されたい」
そのまま口をつぐんだ姫巫女の様子をみて、桃太郎は問うた。
「俺にどうしてほしいと?」
月明かりの下、桃太郎の少しいらだった声が森に響いた。
「……回りくどく言うのはやめましょう」
姫巫女は桃太郎を正面から見据えると、初めの時と同じ凛とした声で告げた。
「あなたをお告げでみました。鬼を滅ぼす退鬼師として」
「――私と共に、鬼を倒していただきたいのです」
神の御告げと共に視たのは紛れもない桃太郎と紅蓮。御告げに沿う月夜、弾き合う刀、飛び散る血潮。姫巫女は桃太郎が鬼、紅蓮を討つ映像を視ていた。
思惑を隠すことなくあっさりと告げられた桃太郎は、口元を上げる。
「久世神の姫巫女」
桃太郎が口を開いたと同時、煌めく銀の塊。一瞬で鞘から抜かれたそれは、次の瞬間には刃を向け姫巫女の首にあるはずだった。しかし刃は姫巫女に届くことなく、札で受け止められている。
先程より鋭く桃太郎を射る姫巫女の瞳は冷静で、刀など気にする素振りを見せない。
「鬼の印に溺れているものかと思ったが、名の通りその能力に嘘はないようだな」
「……お褒めのお言葉、光栄です」
双方一歩も譲らぬ緊張状態は、姫巫女の言葉を境にすぐに解かれた。
とりまく空気が一瞬でかわる。
「これならお供につれて行っても支障はないな」
満足げに笑った桃太郎は刀を再び鞘にもどし、空いた右手を姫巫女の前に差し出した。
「お告げなんてものは知らないが、俺は俺の意志で必ず鬼を倒す。お前も共に来るだろ?姫巫女」
力強いその手を、姫巫女はそれに答えるようにしっかりと握りしめた。
「すべては久世神様の御心のままに」
顔に浮かべた笑みとは裏腹に、姫巫女は浮かんでは消える紅蓮の顔が、どうしても頭から離れなかった。