鬼祓う巫女
桃太郎達の地からさほど遠くない東北の果てにある、鬼ヶ島。
孤島ながらも文明が栄え、鬼達が住まうこの島ではすでに桃太郎の噂で持ちきりであった。
退魔の果実を名に冠する神の御子、桃太郎が久世神家の巫女とお供を連れて長きに渡る鬼と人間の戦に幕を閉じようとしている――
噂はすぐに鬼の頭領閻魔、そしてその息子の次期頭領紅蓮の耳にも入った。
「紅蓮、わかっているのだろうな」
戌の刻。閻魔は紅蓮を自室へと呼び出していた。
互いに無表情で向かい合っているため、感情が一向に読めない。
だがそれはいつもの事でもあった。
「おまえは鬼の一族を統べる次期頭領になる男だ。もう以前のような勝手は許さぬ」
「……言われなくてもわかっている」
紅蓮は一言告げるときびすを返した。
「待て、紅蓮まだ話は……」
背後から聞こえる父の声を断ち切るように扉をしめる。
そのまままっすぐ自室へと入ると、ベッドに勢いよく体をなげだした。
世界を統べる男、次期頭領、雷に選ばれし申し子、すべて自らが望んで手に入れたのではない肩書きたち。
「反吐がでる」
こんな夜は、決まって二年前の月の夜を思い出す。
……姫巫女。
二年前、桃の花が咲く季節。
押し付けられる役割に嫌気をさした自分は、鬼ヶ島を無断で飛び出した。
鬼ヶ島と人間が住む本島をつなぐ唯一の鬼門は、次期頭領の名を出せばあっさりと通ることができた。
嫌で仕方がないこの肩書きから逃れるためにその肩書きを使う、とは皮肉なものだ。
紅蓮は自嘲気味に笑う。
無断で出てきた故すぐに足がついてしまうのは耐え難いが、どうせすぐに追っ手がくる。
閻魔は紅蓮を島の外に出すことを極端に嫌うからである。
「せいぜいもって5日程度か」
広い本島を捜すとなれば追っ手もすぐには追いつくまい。
「5日もあれば十分だ。……桃太郎を捜すのはな」
退鬼師の運命を生まれながらに背負った同年の男。
一度見ておきたかったのだ。
いずれ自分と対峙する男を。