フェアリーテイル
『見て、ライネ。綺麗ね…』
「花のような笑顔で笑う人だった」
ライネは懐かしむような、どこか憐憫を含んだ表情で呟いた。
もう気の遠くなるような昔に、心から愛しいと。
ずっと一緒に歩いていきたいと願った人を、自らの過ちで殺してしまった。
それは、拭い去る事の出来ない過去であり、そんな自分はもう二度と誰かを愛する資格などない。
愛される資格などない。
ライネはそう言って自分を責めた。
「僕は綺麗な人間じゃない。愛しいと思った人を、鳥かごに閉じ込めて狂わせてしまった。僕のせいで彼女は死んだ。君を、僕という鎖で縛るくらいなら―…何も知らないほうがいいと思ったんだ」
「何が、あったの…」
ミリアが乾いた声で尋ねる。
ライネは目を閉じて小さな溜息をこぼした。
「彼女は、僕の愛を重荷に感じていたんだ。この世界を呪う言葉を吐いて、この城の塔から身を投げた」
ミリアの瞳が見開かれた。
そんなことが、と思うと同時に、どこか歯車がかみ合わないような。
そんな違和感を覚えたのだ。
「ねぇ、本当にそれ…彼女がそう言ったの?」
「どういう意味だ?」
怪訝な顔でライネに問われ、ミリアは思案した。
ライネが言うような女性が、ライネの愛を重圧に思って自殺なんてするだろうか。
ライネの言葉は嘘があるとは感じない。
ただ、何かが「違う」と感じた。
「…質問を変えるわ」
ミリアは慎重に言葉を選びながら、先を続けた。
「私、まだこの世界のことは良く知らないけど。あなたが誰も愛さなくなって、都合のいい人はいないかしら?例えば…あなたがそうして絶望してしまって、夢を見なくなって都合がよくなる人」
ミリアは心が静かになっていくのを感じた。
何処か高揚しているのに、ある一点は静かに…冷静に回転している。
不思議な感覚を感じながら尚も続ける。
「つまり、この世界はライネさんやレイシア…そしてセイドリックのような人が必要なのよね?彼らやあなたが、絶望して…そして夢を見なくなることが目的の人よ」
ライネははっとした顔でミリアを見つめると、急に立ち上がって本棚に歩み寄った。
暫くしてもってきたのは、赤茶けた表紙の古い一冊の本だった。
「これは?」
「魔女アルバータについて記した本だよ」
先ほどまでの焦燥した表情も消え去り、ライネは呟いた。
一枚一枚ページをめくっていき、目当てのページに辿り着いたのかミリアに手渡した。
「魔女アルバータ…」
呟きながら文字を目で追う。
本には次のように書いてあった。
魔女アルバータ
この世界の負の部分であり、世界の敵。
何にでもなる事が出来る反面、何になる事も出来ない。
この世界の歪みであり、終焉である。
終わりをもたらすべく、巧みに甘言や策謀を使う。
ミリアは本を閉じると、ライネの顔を見上げた。
もしもこの、魔女アルバータがライネのかつて愛していた人を殺してしまったのだとしたら―…。
背中を冷たいものが伝っていくのがわかり、ミリアは身震いした。
「ライネさん、もう一つ聞いても?」
「あ、あぁ…」
「彼女は、この世界が嫌いだったの?」
ライネはそこで、あっと小さな声をあげた。
ミリアの知らない過去を思い出したのか、その頬に一筋涙が伝う。
「彼女は、この世界を愛しいたんだ…」
「……そう」
ミリアはもう一度本を見つめた。
魔女アルバータ。
魔女が、ライネとライネの愛する人の幸せを壊したのだとしたら。
甘言が得意な魔女が、ライネの声を借りて…何者にもなれるというこの恐ろしい魔女が、やっていた事なのだとしたら。
「魔女はどこにいるの…」
「魔女を見つけることは出来ない。魔女は実体をもたない。この世界に生きるものたちよりも、もっと曖昧な存在だ」
「そんな…」