フェアリーテイル
4.嘘つきの刃





 翌日、とうとう家には戻らないままミリアは部屋で目覚めた。
もしかすると、もう二度と父や母には逢えないかも知れない。
寂しくないわけではなかったが、ミリアはそれでもいいと思った。
簡単に思い出は捨てられないけれど、今は少しでもライネの…この世界の役に立てることをしたかった。

「おはようございます、ミリア様」

ネーネは機嫌がいいのか、喉をゴロゴロ鳴らしながらドレスを選んでくれていた。
 ミリアに用意されていたドレスは、やはり赤を貴重としたものだった。
全体的に赤のサテンの布地をしていた。エプロンドレスのような形状をしていて、中にきているブラウスは白と灰色の細いストライプ。
きっと似合うといってボンネットまで手渡されたが、さすがにそれは遠慮して、髪を結い上げて赤いリボンで留めてもらうだけにした。

「昨日はよく眠れました?」

「ええ、ありがとうネーネ。大好きよ」

ぎゅっと抱きしめると驚いたのか、ネーネはニャアと鳴き声をあげた。

「まぁ…ミリア様ったら」

ゴロゴロと喉を鳴らして擦り寄ってくるところは、ミリアの知っている猫と同じで少し安堵する。
 ミリアはそのまま立ち上がると、朝食が出来ているというネーネについて一階へ向かった。
 エントランスから二枚扉をくぐると、そこは広い食堂になっていた。
ライネはすでに席についていて、ミリアを見つけると笑顔で手を振った。

「おはよう」

「おはよう、ライネさん」

お互いに声を掛け合うと、運ばれてくる食事を楽しみつつ会話に勤しんだ。
といっても、話の内容はそれほど楽しいものでもない。

「今朝早く手紙が届いてね」

口元を拭いながらライネが言うと、ミリアも持っていたパンを皿に置きながら頷いた。

「三日後、スノーホワイトの領地で会談をするよ。君もクイーンとして参加して欲しい」

「もちろんよ。ディオン・エモニエの件は大丈夫かしら…」

「わからない。兎に角、やれるだけのことはやろう。それと…」

ライネは一度言葉を切ると、ミリアを優しいまなざしで見つめた。

「今日は自由に過ごして構わないよ。明日は発たなくてはならないからね。もし気になるなら…いや、気持ちが揺らいでいるなら。ご両親に逢って来ても構わない」

「そうね…気が向いたら、そうしようかな」

そうは言ったものの、ミリア自身も迷っていた。
両親に言ったところで信じてもらえるわけもなく。
かといって、会ってしまえばミリアのいた日常に別れを告げるのもまた、辛くなる気がした。
どちらも今のミリアにとっては大切なものだったし、簡単に捨ててしまえるようなものではない。

「ライネさん」

ミリアがぽつりと呟くと、ライネは不思議そうな顔でミリアを見つめた。

「ライネさんも、あっちの人だったのよね?」

「……」

問いかけに答えは中々返ってこなかった。
ミリアは不安になって、ライネの表情を伺った。
色々な色が混ざったような、そんな複雑な表情で、ライネはミリアを見つめていた。

「ミリア、この世界にいる人間は、一緒に世界を作り上げる人を探していると言ったよね」

ややあって、ライネはそう切り出した。

「…僕は、そんな二人から生まれた、この世界で生まれた人間、だよ」

ゆっくりと噛み締めるように紡がれた言葉に、ミリアは驚くことはなかった。
なんとなくそんな気もしていた。
ネーネは確か、ミリアがライネから貰ったカギの説明をしたとき、ライネの名は告げていなかった。
それはつまり、ライネは「あっち側」には行ったことがない、ということなのではないか。

「ライネさんの、お父さんとお母さんは?」

「もうここにはいないんだ」

それ以上聞く事はできなかった。
死んだ、とは言っていないから、少なくとも生きてはいるのかもしれない。
もしかすると、「あっち側」に戻ったのだろうか…。
 そんなことを考えていると、ライネがそっとミリアの頭を撫でた。

「さぁ、そんな顔しないで。もしご両親に逢いに行くなら、ゆっくりしておいで。僕は明日の準備もあるから、先に部屋に戻るよ」

ライネはそう言うと、そのまま食堂から出て行った。
ミリアはぼんやりと考え事を続けながら、午後からどうすべきかと考えを巡らせた。



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