フェアリーテイル
ライネの城にレイシアを連れ帰ると、たまたま通りかかったネーネと出くわした。
ミリアは急いでライネに取り次ぐように頼むと、自分の部屋にレイシアを案内した。
ソファに座らせ、すぐにネーネが持ってきてくれた紅茶を飲ませると、レイシアは少し落ち着いたようだった。
「ライネは?」
レイシアが恐る恐るという体で尋ねる。
「もうすぐ来ると思うわ」
ミリアの言葉を聞くと、レイシアは安堵したように溜息をついた。
あれほどレイシアのことを…霧の森に住む姫のことを怖がっていたネーネは、今は騒ぐことなく様子を伺っていた。
それは彼女がプロ意識の高いメイドだからか、それとも単純に目の前で何かに怯える少女に対して、恐怖心を失っただけか。
いずれにしても、何かレイシアが必要そうであれば他のメイド達に取りに行かせたりと、彼女は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていた。
「遅くなってごめん」
程なくして、ライネが部屋を訪れた。
すぐに立ち上がったレイシアが、ライネの胸の中に飛び込んだ。
「レイシア」
落ち着かせるように名前を呼ぶと、レイシアはライネから離れて俯いた。
「何があったの?」
「……ライネがお手紙をみんなに送ったあと、セイドリックが来たの。とても怖い顔をしていたわ。私…何がなんだかわからなくて」
余程怖い目にあったのか、喋りながらレイシアの顔色が青ざめる。
ライネはレイシアの頭を撫でてやると、もう一度ソファに座るように促した。
レイシアとライネがソファに座ると、ライネは考え込むような仕草でレイシアを見つめていた。
「セイドリックは、君になんて?」
「よく、わからないけど…あんな彼初めて見たわ。でも、彼は言ったのよ。自分の元から今更去るだなんて許さないって」
「去る?君が彼にそう言った?」
ライネがゆっくりと問うと、レイシアは首を横に振った。
「そんなわけないわ…。私、セイドリックしかいないの。私には、もう戻るところなんてないのに…」
絶望したように顔を覆う様は、とても幼い少女には見えない。
それは本来であればレイシアとセイドリックの間にあったであろう「絆」が壊れてしまったことを現しているようで。
ミリアは目を逸らすと、ふと思いついた様に顔を上げた。
「ねぇ…、ライネ。私たち、思い違いをしていたのではないかしら」
ふと落とされた言葉に、ライネは何のことかと首を傾げる。
「魔女は、何にもなれないし何にでもなれる。どこか万能めいてはいるけど、でもつまり、私たちが思っているような成り代わり、とは少し違うのかもしれないわ」
ミリアはゆっくりとライネの瞳を見つめ、どう言葉を続けるべきか一瞬迷った。
それでも息を大きく吸い込むと、精一杯声が震えないように努める。
「…ライネさんが愛した人が死んでしまったとき、ライネさんも確かにこのお城のどこかにいたはずよね?いいえ、死ぬ前もずっと。それってつまり、ライネさんの知らないところで、魔女がライネさんの傍にいたっていうことになるわ」
「…なるほど、言われてみればそうだね。魔女は僕たちが思っているよりも万能ではない…確かに、そうかもしれない」
「それと、これは私の想像なんだけど…魔女は直接的に私たちを傷つけることは出来ないんじゃないかしら」
どうして、と口に出そうとして、ライネも察しがついたようだった。
難しい顔をして顎に手をあてると、一瞬その瞳がゆがめられる。
「こればかりは魔女に確かめるしかもう術はないが…、つまり君は、彼女は魔女の言葉に殺されたといいたいんだね?」
「そして、今度はセイドリックさん」
ミリアが言うと、レイシアの瞳が大きく見開かれた。
二人の考えが正しいなら、ライネが手紙を送った直後に、魔女がセイドリックに働きかけたことになる。
もしかすると、もっと以前からかもしれないが―…。