フェアリーテイル
スノーホワイトの領地は、厳しい山岳に周囲を囲まれた閉鎖的な領地だった。
その特殊な気候故か、降り止むことのない雪に閉ざされた国。
城までも真っ白な壁で塗られたこの国は、まるで息を止めてしまったかの様に静かだった。
「待ってたよ」
城主だったのは、シルヴィア・スノーホワイトという女性だった。
どこか粗暴な印象を受けるが、その容姿はまるで研ぎ澄まされた氷の刃の様に美しい。
銀色の髪がこの世界と溶け込んでしまいそうで、この国では見ることの出来ない青空がその瞳に輝いていた。
「急な申し出に応じていただいて、助かるよ」
「構わないさ」
シルヴィアが不敵に微笑む様は、この極寒の大地の様に不敵で、他を寄せ付けない美しさがある。
ミリアは緊張しながら初めまして、と挨拶をすると、シルヴィアはミリアが思っていたよりもずっと優しい笑顔で頷いた。
「君が新しいクイーンか。可愛いね」
「よろしくお願いします」
「ライネ、いい子を見つけたね。私好みだ」
にこりと微笑まれ、ミリアは思わず赤面した。
「シルヴィア…悪いけど、あげないよ」
「わかっている、冗談の通じんやつだ」
シルヴィアは笑って見せると、先にたって歩きながら城の中を案内してくれた。
途方もない数の扉の前を通り抜けると、一際大きな扉の前に連れてこられた。
「さ、この広間を使おう。他のものたちは既に来ている。それと、お前達の言うディモン・エモニエもね」
最後に告げられた名に、ミリアは安堵した。
ディモンが訪れているなら、魔女について何かいい答えをくれるのではないか。
扉が開かれるのを見ながら、ミリアは内心安堵の息をついた。
「形式ばった挨拶はなしにしよう」
各々席に着くと、ライネが切り出した。
ミリアがそっと辺りを盗み見ると、向かいの席にはセイドリックが座っている。
レイシアは隣の席で、ライネから視線を外さずにじっとしていた。
その他の面々も、みんな一様にどう見ても20代後半くらいまでの男女だった。
先ほど案内してくれたこの城の城主のシルヴィアもそうだ。
ぼんやりと考えていると、まだ名前を聞いていない何人かの男女のうちの一人が、立ち上がった。
「ちょっといいか?」
髪も瞳も濡れたように黒い青年がそう言った。
「確かに魔女は脅威だ。アレはこの世界を食いつぶすために存在する。だが、アレをどうにかできるものなのか?」
「それについては、僕からはなんとも。方々探し回ってね。シルヴィアにも助けてもらって、彼に来てもらっている」
ライネが答えると、青年は訝しげに眉根を寄せた。
「彼?」
「ディモン・エモニエ」
ざわめきが起こる。
まるでそれを待っていたかの様に、廊下に続く扉がゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、幼い少女だった。
桃色の髪が柔らかに揺れる、薄い黄色のワンピースを身に着けた、どこにでも居そうな少女だった。
ただ一つ違うのは、少女が不思議な文様の描かれた目隠しをしていることだ。
ミリアはそれに見覚えがあった。
ライネが城で見せてくれた本の飾りの部分に、同じ文様が描かれていたのだ。
「…ごきげんよう、キング・クイーンの諸君」
少女の口から出た言葉は、愛らしい声とは不釣合いな尊大な口調だった。
「遅くなったな、私がディモンだ」
「女の子…?」
誰かの口からそんな言葉が零れる。
少女はそれを鼻で笑うと、まるで見えているかの様につかつかとテーブルの方へ歩み寄ってきた。
「シルヴィア、何も言っていなかったのか」
「面白そうだったから」
事実、確かにライネが「彼」とディモンを形容したとき、シルヴィアは吹き出すのを堪えるので必死だった。
ライネは小さく咳払いをすると、辺りを見回した。
「…つまり、ディモン。彼女に協力を頼んだ」
「…しかし、まだ少女だ」
「それに関しては、見た目がさして意味をなさない事くらい…君たちだってわかっているはずだ」
ライネの言葉が何を意味するのか理解は出来ないが、ミリアもこのディモンと名乗る少女がただの少女でないことはなんとなくわかった。
「面倒な話は後にしてくれ。とりあえず、そうだな。お前たちが言う魔女に関しての事柄をかいつまんで説明しろ」
ディモンがそう求めるので、ライネとレイシアがそれぞれ説明した。
それまでずっと難しい表情で座っていたセイドリックも、同じ様に説明する。
セイドリックの話では、最近レイシアの様子がおかしかったこと。
先日のライネの手紙を受け取った後、もうここにはいたくない、一緒にいたくない、とはっきり告げられたこと。
そこまで聞いて、ディモンは小さな溜息を零した。
「まず、お前達の考えの通り、魔女はお前たちを殺す事はできない」
魔女は巧みに言葉を操り、その魔力で人の心を惑わす。
この世界を壊してしまうために。
ミリアは思わず身震いした。
「だが、弱点もある」
ディモンは満足そうに頷くと、ポケットから小さな羽根ペンを取り出した。
「魔女はこの世界の淀みだ。必ずこの世界のどこかに、その淀みが溜まっている場所がある。それが何の形をしているかまでは私にはわからないが、それを封じてしまえば魔女も無力になるだろう」
ディモンが言いながらペンを動かすと、ペン先が走った部分が金色の光となって走った。
それが次第に輪郭を形作っていき、何の飾りもつけられていない粗末な剣が現れた。
「これを使え。淀みをこれで打ち砕けば全て終わる」
ディモンはそれだけ言うと室内を後にした。
暫し取り残されたものたちは途方にくれた。
どこにあるかもわからない淀みを壊すというのは、果たして可能なことなのか。