フェアリーテイル




 それからもいくつか議論がなされたが、結局は具体的な打開策が見つかる前に一度解散になった。
夜が明ければ、また議論を続けなくてはならないだろう。
 ミリアはスノーホワイトの城に宛がわれた一室で、動きにくいドレスからゆったりとした部屋着に着替えてベッドに座っていた。
ライネの城から世話のためにとついてきたネーネが、暖かい紅茶を入れてくれている。

「ミリア様、そう難しいお顔をなさらないでください」

そうネーネは言うが、実際ミリアはこれから先どうするべきか考えあぐねていた。

「レイシアたちはどうしたかしら…」

不意に彼らの事が気になって呟く。
ディモンの登場やミリアやライネの話で、今回の件が魔女の思惑によるものだと、セイドリックもわかったはずだ。
これであの二人が仲直りしてくれさえすれば、当面は魔女の思惑も外れたことになる。
そうすれば、業を煮やしてミリアかライネに接触してくるのではないか…。
 ミリアは座っていたベッドから立ち上がると、ソファに投げ捨てられていたガウンを羽織った。

「どちらに?」

「ちょっと、レイシアの様子を見に行ってくるわ」

ミリアはそれだけ告げると、レイシアの部屋を目指して歩き出した。
 すっかり夜も更け、廊下は暖かい光を放つオイルランプが照らしていた。
雪国のスノーホワイト城はひんやりと冷たい。
目的の扉を見つけると、ミリアは控え目にノックした。

「どうぞ」

中からレイシアの声が聞こえたので、ミリアは遠慮なくその扉を開いた。
 室内には、レイシアとばつの悪そうなセイドリックがソファに向かい合って座っていた。

「こんばんは」

ミリアはつかつかと部屋の中を横切ると、無遠慮にレイシアの隣に腰掛ける。
目の前ではセイドリックが、苦笑いでミリアを見つめていた。

「やあ」

気さくな態度でそう挨拶は返してくるが、彼としても気まずいのだろう。
所在無げにその視線はさまよっている。

「セイドリック、ミリアにちゃんと謝って」

レイシアが、珍しくきつい口調でそう言った。
それが、レイシアの城を後にしたときの彼の言葉に対するものなのか、それともレイシアがミリアを待っていたあの時に対してのものなのか。
ミリアとしてはセイドリックが悪いというわけでもないのでよかったのだが、セイドリックは小さな咳払いと共に頭を下げた。

「色々とごめんね。少し…自分を見失っていたみたいだ」

「仕方ないわ。大好きな人…この場合はその偽者だったけど、兎に角好きな人に酷い事を言われたら、誰だって我を失ってしまうと思うもの」

ミリアが言うと、セイドリックはもう一度ごめん、と言った。

「それより、二人が仲直りしてくれたみたいでよかったわ」

「心配かけてごめんなさい、ミリア」

レイシアがしょんぼりというので、ミリアは彼女をぎゅっと抱きしめた。

「大丈夫よ、レイシア」

「…それで、実際のところ、魔女はどう動くと思う?」

ライネから色々聞いたのか、どこか含みのある口調でセイドリックが尋ねた。
ミリアは腕組みをしながら、眉間に皺をよせてうーん、とうなった。

「正直、見当もつかないわね。そもそも、私は魔女についてよく知らないの。ただ、ライネさんの話を聞いてその可能性に気がついたっていうのかしら」

「…もし、あの時の事がもっと早く魔女のことだってわかっていれば、ライネはあんなに傷つかなかったのに」

レイシアが悲しそうに呟く。
本当に、そうであればどれだけよかっただろうとミリアは思う。
あんなに優しい人が、もう誰も愛さないとまで自分を責めてしまうほど、魔女が彼につけた傷は大きい。

「だからこそ、私たちは戦わないと。この世界を護っていくって、私決めたの」

「ミリア…」

レイシアが、ぎゅっとミリアに抱きついた。
ここに居る誰もが、この世界を大切に思うからこそこの世界に残ることを決めた。

「私も、もうセイドリックを疑わないし、迷わない」

「レイシア、ありがとう」

微笑み合う二人を見ながら、ミリアは本当によかったと思う。
この二人が悲しい物語の主人公にならなかったことは、ミリアにとっても嬉しい。

「それじゃあ、私は部屋に戻るわね」

「うん、また明日ねミリア」

レイシアに笑顔で手を振られながら、ミリアは部屋を後にした。
 レイシアの部屋からミリアの部屋まではそう遠くない。
薄暗い廊下を歩いていると、切り抜かれた窓のガラスから月が見えた。

「綺麗」

一年中雪が降り止まないはずのこの地で、月が見える。
その不思議な光景に、ミリアは目を細める。

「こんばんは」

不意に聞こえた声に、ミリアはゆっくりと背後を振り返る。
 そこに立っていたのは、綺麗な女性だった。
亜麻色の髪に、どこか物憂げな紫色の瞳。薄桃色のドレスを身にまとった彼女は、空に昇る月と似て何処か幻想的だった。

「こんばんは」

彼女はもう一度そう言った。

「こんばんは…」

ミリアは不思議そうな顔で彼女を見る。
クイーンの一人だろうか。
だが、昼間の会談の席にはいなかった人間だ。
 ミリアの中で、何かが警告を発したような気がした。

「あなた…」

言いかけて、口を噤む。
目の前の女性が、一歩足を踏み出した。

「邪魔はさせないわ」

表情は大輪の花のように美しく。
その手には鋭く光る鉛色の刃を携えて。
 まるでスローモーションのように、小さなナイフがミリアの腹に刺し込まれていく。

「だれにも わたさない」

彼女は確かにそう言った。

「ミリア!」

遠くから、ミリアの耳にライネの声が響いた。
ぐらりとその身体を傾けながら、ミリアの目に、驚きに目を見開いて目の前の女性を見つめるライネの姿が映る。
 悲しそうに、懐かしそうに、愛しそうに。

―…あぁ、この人が…。

直感的に悟りながら、ミリアの身体はついに硬い地面に倒れこんだ。
 身体が寒いのは、この城の気温が低いせいだけではないはずだ。

「なんで君が…ユフィ…」

ミリアの身体を抱き起こしながら、ライネが青い顔で呟いた。
ユフィと呼ばれた女性は、不思議そうに首を傾げる。

「…あなたに、あいに」

「確かに君はあの時…」

「ライネ…愛してるのよ。そんな子は置いて、私と来て」

優しげな笑みで言われても、ライネは動く事が出来なかった。
目の前で血に濡れたミリアとユフィを見つめ、途方に暮れたようにそこに居る事しか出来ない。
そんなライネを見て焦れたのか、苛立った様子でユフィがナイフを突きつける。

「来てよ…どうして来てくれないの…どうして」

あまりにもライネの知っているユフィと違いすぎて、ライネの中で思考は停まってしまった。
 ミリアを今すぐ手当てしに行かなくてはならないのに、ユフィが生きていた、という事実が拭おうとしてもライネに歓喜をもたらすのも事実なのだ。
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