フェアリーテイル
ずっと、ごめんねという声だけがミリアの耳に聞こえていた。
うっすらと目を開くと、心配そうに顔を覗き込むネーネの丸い瞳と目が合った。
ミリアは何度かまばたきを繰り返すと、ズキズキと痛むわき腹の辺りを押さえて起き上がった。
「ネーネ…?」
とても喉が渇いていた。
自分の身体なのに、ふわふわと宙に浮いているような不思議な感覚に、ミリアは首を傾げる。
「あぁ、よかった…。お熱も大分下がったようですね」
ネーネの言葉に、びっしょりと背中に汗をかいているのを自覚する。
「あ…私、確か…」
「刺されたのですよ、ミリア様。急所が外れていて本当によかった…」
ネーネに経緯を一通り聞きながら、ミリア自身も安堵の溜息をついた。
あのまま誰にも見つけられなければ、確実に死んでいただろう。
「あ…ライネさんは?」
ふと気がついてミリアが問うと、ネーネが視線だけで部屋の中央を指し示した。
そこには、ソファにぐったりと横になっているライネの姿が見えた。
「まぁ…」
「一晩中看病していらっしゃって…ネーネが見ていますから、と申し上げたのに、先ほどああして、やっとお休みになられたのです」
困った様に言うネーネに、ミリアは胸がずきりと痛んだ。
身体は鉛のように重かった。身体を動かさなくても、断続的に襲ってくる痛みは間違いなく本物で。
それ以上に、ライネが直面したユフィ…ミリア自身は朦朧とした意識の中で聞いていただけだが、彼女との対峙は、彼にとってどれほど辛いことだっただろう。
「入るぞ」
不意に部屋の外から声が聞こえ、返事も聞かずにシルヴィアが入ってきた。
目を覚ましていたミリアを見て僅かに微笑むと、無遠慮にライネの方に歩み寄り、いきなりその鼻をつまんだ。
「起きろ馬鹿」
「…う」
情けない声を出しながらライネがもぞもぞと動いた。
シルヴィアに鼻を摘まれたまま暫く彼女を見上げていると、はっとしたように慌てて飛び起きる。
「ミリア!」
言って、起き上がっているミリアを見ると、途端にライネの表情が明るくなった。
一晩でここまで変わるのかというほど、彼は憔悴し疲れきっているようだった。
それでも、変わらずにミリアに優しく微笑んでくれる。
「ライネさん…私」
「よかった…もう目を覚まさないのかと」
「大げさな」
シルヴィアは肩を竦めると、つかつかとミリアに近寄り、その頬に触れた。
「お前が無事でよかったよ。もう安心するといい、全て片はつけた」
「シルヴィアさん」
ミリアは赤面しながら俯いた。
同じ女性なのに、どうもこのシルヴィアという人は男よりもどこかミステリアスで魅力的な人だ。
「ミリア、もう起き上がっても大丈夫なの?」
ライネが気遣うように問いかける。
ミリアは頷くと、あっと言って俯いた。
「あ、あの…私、汗、かいてて」
言いながら、寝癖になった髪を手で押さえつける。
みるみるミリアの頬が紅潮して、ライネの顔を見ることが出来ない。
よく見れば、寝巻きのままなのだ。恥ずかしい。
「あ、そうだね…着替えたいよね」
外に出ているから、と告げて、ライネとシルヴィアは出て行った。
ミリアはネーネに手伝われながら、汗を拭き取り、新しいドレスに着替えた。
本当はシャワーでも浴びたいところだったが、それはまだ傷が治っていないから、とネーネに止められてしまった。
ドレスはゆったりとしたデザインのものにした。
刺された傷がどうにも痛くて、コルセットをしめることは無理そうだったからだ。
着替える際に、ネーネが包帯を新しいものに取り替えてくれた。
まだ新しい傷口は、確かにミリアの脇腹に毒々しい赤を植えつけていた。
「おかわいそうなミリア様…。痛くはありませんか?お薬を塗りなおしましたから、じきに痛みも薄れていくかと思いますが…」
「ありがとう、大丈夫よ」
本当は呼吸するたびに痛みが走るのだが、そうも言ってはいられない。
いつまでもシルヴィアの城に滞在するわけにもいかないし、これからのことをライネと話さなくてはならなかった。