フェアリーテイル
 身体のわりに小さい頭に、ちょこんと小さなシルクハットが乗っていて、くちばしの上には小さな丸めがね。
胴体にはおしゃれなストライプのベストと、クローバー柄の可愛らしいネクタイまで締めているのだ。
ミリアでなくとも驚いて、声を出すのも忘れて鷹を見つめるしか出来ないだろう。
その不可思議な服装の鷹は、ミリアの視線に気がつくと、その翼を器用に折り曲げてシルクハットを持ち上げた。
どうやら、挨拶のようだ。

 ミリアは内心自分でも驚きつつ、窓をゆっくりと開いてやった。
すると鷹は嬉しそうに(実際には表情の変化はない)会釈をすると、器用に部屋の中へ入り、ベッドの縁に止まった。

「いやぁ、いやぁ!気がついていただけなかったらどうしようかと思いましたよ!」

今度こそミリアは、自分が頭がおかしくなったか、さもなくば気でも狂ったのかと思った。
鷹がしゃべるなんて-……!

「ミリアお嬢様でいらっしゃいますね?ライネ様から手紙を受け取った!いやぁ、お可愛らしい!」

ミリアの驚きなど取るに足らないことなのか、それとも慣れっこなのか。
くちばしを忙しなく動かしながら、鷹はまくし立てる。
ミリアは文字通りあいた口がふさがらないまま、やっとの思いで頷くことしか出来ない。

「ははぁん、驚いていらっしゃいますね?申し遅れました、わたくしライネ様の護衛をさせて頂いております、サー・ニコライと申します。いやはや、お目にかかれて光栄です」

「あ、ありがとう…、私、ミリア」

「えぇ、えぇ!存じておりますとも!お可愛らしいお嬢さん!主からの手紙はもうお読みになりましたね?それでは、わたくしめが何故ここに居るかもおわかりでしょう?そうでしょうとも!さぁ、すぐに迎えの馬車が参ります、すぐに支度をなさってください!急がなくては、主が首を長くしてお待ちですよ!」

どうやらこの鷹-…サー・ニコライは、ミリアが驚いたのは急な自分の迎えに対してだと思ったようだった。
実際は違うのだが、ミリアはこのまま彼のペースにのせられないために口を開いた。

「あの、私…あのお手紙じゃ、内容がよくわからなくて」

なんとかそう切り出すと、サー・ニコライの瞳が少しだけ瞬いた。
それもそのはずだ、と彼は一人で頷くと、こほん、と咳払いをした。

「そうでした、そうでした!わたくしめがしっかりと用件をお伝えするのでしたね!実は、ある理由により困っている我が主の為に、ぜひミリアお嬢様のお力を貸して頂きたいと願っておいでなのです。貴女なら、素晴らしいクイーンになれるだろう、と」

再び出てきたクイーンという単語に、ミリアは知らずに顔を顰めた。そもそも、そのライネという人物(最早人であるのかすらも怪しい)が困っているという内容が未だ見えてこないうえ、何故自分でなくてはならないのか。
ミリアはそのまま疑問を口にする。

「それはわたくしの口からは申し上げられないのです。ライネ様が全てお話しになられます」

「私、ただの人間で、普通の女の子なんだけど…」

「それでいいのですよ、ミリアお嬢様。さぁ、馬車が来たようです、どうぞご一緒に」

ミリアは、サー・ニコライの言葉を信じたわけでも、この不可解な現象に順応したわけでもなかった。
ただ、手紙の内容…そして、ライネという人物に興味が湧いたことは事実だった。

 ミリアは意を決した様に頷くと、鷹に促されるようにしてクローゼットの前に立った。
何の変哲もない見慣れたクローゼットを、サー・ニコライは開くように指示した。
ミリアは戸惑いながらも、言われるままにクローゼットを開いた。
そこにはいつもなら、カバンやコートが放り込まれた薄暗い空間のはずだった。

 目の前に広がる光景に、またもミリアは言葉を失う。
豪華なベルベットを敷き詰めた、重厚な造りの馬車。その室内が、ミリアの目の前には広がっていた。
窓ガラスの向こうには重たい闇が広がっていて、景色は見えない。馬車の中はオイルランプが暖かな光を放ち、ミリアの足は自然とその中へ向かった。
ミリアが椅子に座ると同時に、後ろの扉がパタンと閉まった。
振り返るともう、そこはクローゼットの安っぽい扉ではなく、今しがた見つめていたのと同じ、ビロードのカーテンの掛かった窓と扉に変わっていた。
 
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