フェアリーテイル
声が聞こえたからか、扉がゆっくりと開いた。
出迎えてくれたのは、白地に黒のはちわれ猫だった。
この猫も他の猫と同じ様に、頭にヘッドドレスをつけていた。
「ネーネ、ご苦労。下がりなさい」
「はい」
ネーネと呼ばれた猫は、ぺこりとお辞儀をすると優雅な足取りで去っていった。
サー・ニコライが部屋の中に入ってしまったので、仕方なくミリアも後を追う。
「ライネ様、ただいま戻りました」
さすがに主の前だからか、サー・ニコライは落ち着いた口調でそう言った。
ミリアは部屋の奥の立派な机に向かっていた人間を見つめ、少しだけ安堵した。
「ご苦労様、ニコライ。続きの間で控えていていいよ」
サー・ニコライは余計な事は一切差し挟まず、そのまま去っていった。
ミリアは改めて、目の前の人物を見つめた。
柔らかい金髪にグリーンの瞳。端正な顔立ちをした人だ。
「あぁ、逢いたかった。ミリア、ずっと君を待っていた」
初対面の、どう見ても自分よりも年上で顔立ちのいい青年にそう言われ、ミリアは心臓がドキドキと鳴るのを感じた。
まして、さっきまで一緒だったのはしゃべる鷹なのだ。いきなり現実感のあるものが目の前にきて、余計に緊張してしまう。
「さぁミリア、そこへお座り。まずは自己紹介をしよう」
彼はそういうと、ミリアを応接用のソファに促した。
ミリアは大人しくソファに座ると、所在無げに俯いた。
「ネーネが用意しておいてくれたものだけど、よかったらどうぞ」
そう言われて見ると、暖かな湯気が立ち上るティーセットが目に入った。
ミリアはお礼を言うと、その紅茶を一口飲んだ。甘い香りに、少しだけ気持ちが落ち着いていく。
「さて、急な呼びたてをしてしまって、恐らく驚かせてしまったと思うけど…。僕がライネ・グリーンゲート。この城の主だ」
「あ…私、ミリア・レッドフィールドです…。あの、色々聞きたいことが…」
ライネはミリアの様子を見ながら目を細めて微笑んだ。
そうしていると、見た目の年齢がぐっと若く見える。
「君の聞きたいことならわかる。多分混乱しているだろうということもね」
当然だ、というようにライネは頷く。
「まず、ここについて説明していこうか」
信じられないだろうけどね、と前置きして、ライネは話し始めた。
「ミリアは、お伽噺を信じるかい?不思議な生きものや、夢のような王国のお姫様と王子様のお話や、ドキドキするような冒険のお話を」
「それは…小さい頃なら。妖精や魔法は本当にあるって、信じていましたけど…」
ミリアは戸惑いつつ答えた。
ライネは頷きながら―…というよりも、一つ一つ確かめるように言葉を続ける。
「ここは、例えるならそういう世界。お伽噺の世界なんだ。フェアリーテイル、僕はそう呼んでいるけれど」
「フェアリーテイル…」
「そう。でもね、お伽噺は夢なんだ。誰かがこうあってほしい、そう願わないと消えてしまう儚い世界。かつて、その栄華を誇った妖精や魔法も、信じるものがいなくなれば段々と廃れていってしまう。ここは、彼らの最後の楽園」
ライネは、どこか寂しそうにそう呟いた。
あまりにも突拍子もない言葉に、ミリアは益々混乱していく。
ライネはそんなミリアの心境がわかったのか、微笑んだ。
「この世界は、今よからぬ者の手により消えようとしている。夢が、消えようとしている」
「消えてしまったら、どうなってしまうんですか?」
「みんな消えてしまう。この世界の、この不思議で愛すべき生き物たちみんな」
「助けるには、どうすれば…」
ミリアの瞳がライネのそれとぶつかる。
ライネは一瞬何かを思案したあと、小さなため息をついた。
「夢を見る人間が、必要なんだよ」
「夢…?」
「そう、夢だ。僕がここに居る理由もそう。君が会ったサー・ニコライや、ネーネ。この城の住人たちの為に夢を与えるんだ。それがこの世界の源」
ミリアはどう言葉を続けていけばいいのか、わからないまま思案した。
この世界に夢を与える、ということは、この世界に住まなくてはいけないということなのだろうか。
「クイーンになって欲しい。この世界を救う為に」
「彼らは…ニコライさんたちは、夢を見ないの?」
「彼らは、夢そのものだから。かつて、君や僕のいた世界を追われ、逃げ込んできた先がここなんだ。彼らは、いずれ消えていく運命なのかもしれない。それでも、こうしてここでまだ生きている」
「……」
急に返答など、ミリアに出来るはずもなかった。
未だにこの身に起きていることの殆どを理解できていないのだ。
ライネもそれがわかっているのか、ふっと微笑むと立ち上がった。
「今日明日で答えを聞くつもりはないよ。この世界の事をよく知って、そして決めてほしい」
結局、ミリアはこの城と家とを暫く行き来することにした。
ライネの部屋を去るとき、彼はミリアに小さなカギを渡した。
金色の小さなカギで、飾りの部分には赤い宝石が嵌め込まれたもの。
「僕が不在の時でも、好きなように城を見回っていいよ」
彼はそう言ったが、この広大な城を見て回るのには相当の時間がかかりそうだった。
ネーネに伴われながら廊下を進むと、何度か猫や鳥や犬などの動物たちとすれ違った。
みんなミリアに丁寧なお辞儀をして去っていく。
ミリアは居心地の悪さを感じつつ、ネーネの後を付いて歩いていた。
暫く歩くと、小さな扉の前でネーネが立ち止まった。
「こちらのお部屋をお使いください。ライネ様からお受け取りになったカギで開きます」
ネーネに言われるままカギを開けると、ミリアは扉をゆっくりと開いた。
「御用があればおよびください」
ネーネの声を背に聞きながら、ミリアは部屋に入った。
様々な調度品が置かれ、綺麗に片付けられた部屋。
ミリアは軽いめまいを覚えながらベッドに腰掛けた。
「夢みたい…」
ふかふかのベッドは、色々なことがあって疲れてしまったミリアを眠りに誘うのには十分だった。
きっと、目が覚めればこの不思議な世界も終わってしまう。
ミリアはそれを少しだけ残念に思いつつ、そっと意識を手放した。
出迎えてくれたのは、白地に黒のはちわれ猫だった。
この猫も他の猫と同じ様に、頭にヘッドドレスをつけていた。
「ネーネ、ご苦労。下がりなさい」
「はい」
ネーネと呼ばれた猫は、ぺこりとお辞儀をすると優雅な足取りで去っていった。
サー・ニコライが部屋の中に入ってしまったので、仕方なくミリアも後を追う。
「ライネ様、ただいま戻りました」
さすがに主の前だからか、サー・ニコライは落ち着いた口調でそう言った。
ミリアは部屋の奥の立派な机に向かっていた人間を見つめ、少しだけ安堵した。
「ご苦労様、ニコライ。続きの間で控えていていいよ」
サー・ニコライは余計な事は一切差し挟まず、そのまま去っていった。
ミリアは改めて、目の前の人物を見つめた。
柔らかい金髪にグリーンの瞳。端正な顔立ちをした人だ。
「あぁ、逢いたかった。ミリア、ずっと君を待っていた」
初対面の、どう見ても自分よりも年上で顔立ちのいい青年にそう言われ、ミリアは心臓がドキドキと鳴るのを感じた。
まして、さっきまで一緒だったのはしゃべる鷹なのだ。いきなり現実感のあるものが目の前にきて、余計に緊張してしまう。
「さぁミリア、そこへお座り。まずは自己紹介をしよう」
彼はそういうと、ミリアを応接用のソファに促した。
ミリアは大人しくソファに座ると、所在無げに俯いた。
「ネーネが用意しておいてくれたものだけど、よかったらどうぞ」
そう言われて見ると、暖かな湯気が立ち上るティーセットが目に入った。
ミリアはお礼を言うと、その紅茶を一口飲んだ。甘い香りに、少しだけ気持ちが落ち着いていく。
「さて、急な呼びたてをしてしまって、恐らく驚かせてしまったと思うけど…。僕がライネ・グリーンゲート。この城の主だ」
「あ…私、ミリア・レッドフィールドです…。あの、色々聞きたいことが…」
ライネはミリアの様子を見ながら目を細めて微笑んだ。
そうしていると、見た目の年齢がぐっと若く見える。
「君の聞きたいことならわかる。多分混乱しているだろうということもね」
当然だ、というようにライネは頷く。
「まず、ここについて説明していこうか」
信じられないだろうけどね、と前置きして、ライネは話し始めた。
「ミリアは、お伽噺を信じるかい?不思議な生きものや、夢のような王国のお姫様と王子様のお話や、ドキドキするような冒険のお話を」
「それは…小さい頃なら。妖精や魔法は本当にあるって、信じていましたけど…」
ミリアは戸惑いつつ答えた。
ライネは頷きながら―…というよりも、一つ一つ確かめるように言葉を続ける。
「ここは、例えるならそういう世界。お伽噺の世界なんだ。フェアリーテイル、僕はそう呼んでいるけれど」
「フェアリーテイル…」
「そう。でもね、お伽噺は夢なんだ。誰かがこうあってほしい、そう願わないと消えてしまう儚い世界。かつて、その栄華を誇った妖精や魔法も、信じるものがいなくなれば段々と廃れていってしまう。ここは、彼らの最後の楽園」
ライネは、どこか寂しそうにそう呟いた。
あまりにも突拍子もない言葉に、ミリアは益々混乱していく。
ライネはそんなミリアの心境がわかったのか、微笑んだ。
「この世界は、今よからぬ者の手により消えようとしている。夢が、消えようとしている」
「消えてしまったら、どうなってしまうんですか?」
「みんな消えてしまう。この世界の、この不思議で愛すべき生き物たちみんな」
「助けるには、どうすれば…」
ミリアの瞳がライネのそれとぶつかる。
ライネは一瞬何かを思案したあと、小さなため息をついた。
「夢を見る人間が、必要なんだよ」
「夢…?」
「そう、夢だ。僕がここに居る理由もそう。君が会ったサー・ニコライや、ネーネ。この城の住人たちの為に夢を与えるんだ。それがこの世界の源」
ミリアはどう言葉を続けていけばいいのか、わからないまま思案した。
この世界に夢を与える、ということは、この世界に住まなくてはいけないということなのだろうか。
「クイーンになって欲しい。この世界を救う為に」
「彼らは…ニコライさんたちは、夢を見ないの?」
「彼らは、夢そのものだから。かつて、君や僕のいた世界を追われ、逃げ込んできた先がここなんだ。彼らは、いずれ消えていく運命なのかもしれない。それでも、こうしてここでまだ生きている」
「……」
急に返答など、ミリアに出来るはずもなかった。
未だにこの身に起きていることの殆どを理解できていないのだ。
ライネもそれがわかっているのか、ふっと微笑むと立ち上がった。
「今日明日で答えを聞くつもりはないよ。この世界の事をよく知って、そして決めてほしい」
結局、ミリアはこの城と家とを暫く行き来することにした。
ライネの部屋を去るとき、彼はミリアに小さなカギを渡した。
金色の小さなカギで、飾りの部分には赤い宝石が嵌め込まれたもの。
「僕が不在の時でも、好きなように城を見回っていいよ」
彼はそう言ったが、この広大な城を見て回るのには相当の時間がかかりそうだった。
ネーネに伴われながら廊下を進むと、何度か猫や鳥や犬などの動物たちとすれ違った。
みんなミリアに丁寧なお辞儀をして去っていく。
ミリアは居心地の悪さを感じつつ、ネーネの後を付いて歩いていた。
暫く歩くと、小さな扉の前でネーネが立ち止まった。
「こちらのお部屋をお使いください。ライネ様からお受け取りになったカギで開きます」
ネーネに言われるままカギを開けると、ミリアは扉をゆっくりと開いた。
「御用があればおよびください」
ネーネの声を背に聞きながら、ミリアは部屋に入った。
様々な調度品が置かれ、綺麗に片付けられた部屋。
ミリアは軽いめまいを覚えながらベッドに腰掛けた。
「夢みたい…」
ふかふかのベッドは、色々なことがあって疲れてしまったミリアを眠りに誘うのには十分だった。
きっと、目が覚めればこの不思議な世界も終わってしまう。
ミリアはそれを少しだけ残念に思いつつ、そっと意識を手放した。