フェアリーテイル
目の前の猫は、そんなミリアを見て不思議そうに首を傾げている。
「ミリア様、お迎えにあがりました」
猫の口を突いて出た言葉は、そんな言葉だった。
どこか予感してはいた。
目の前の猫―…ネーネが喋ったことにより、それはミリアの昨夜の夢が、夢ではなかったことを裏付けている。
戸惑いながらも、ミリアはじっとネーネを見つめた。
「ネーネ…」
「覚えておいていただけて光栄でございます、ミリア様」
目を細め、ネーネが嬉しそうに言う。
ミリアとしては、先ほどまでは夢だったと思っていたことだけにばつが悪いのだが、ネーネはそんなことを知る由もなく続けた。
「ミリア様、今日はもうあちらへお出かけになってもよろしいのですか?」
きょろきょろとネーネが辺りを見回す。
殺風景なコンクリートの路地だ。特に目立った建物や何かがあるわけでもない。
それでも、ネーネは何かを警戒するように辺りを見回している。
「大丈夫だけど…どうしてまた、ネーネが?」
メイドさんなんじゃないの、と聞こうとしてやめた。
そんなくだらない事がききたいわけではないのだ。
「わたくしは、サー・ニコライ様よりも少々こちらの世界を存じておりまして。適任だとの、ライネ様の判断でございます」
「ライネさんの?」
「ミリア様が混乱しておいでかと思われまして。わたくしならば、少々こちらの世界に滞在いたしましても問題はありませんので。もちろん、サー・ニコライ様も屈強の戦士でございます。その点では問題はないかと存じますが…」
ネーネはここで一度困った様に溜息をついた。
「…ミリア様も初めてお会いになったときに驚かれたかと存じますが、あの方は少々その…、こちらの世界には疎くてあらせられますので」
ネーネの言いたいことになんとなく思い当たり、ミリアは思わず噴出した。
「あぁ…あの格好のことね!」
「左様でございます。あの方は、こちらの世界のことをそのぅ…あまり詳しくありませんもので…」
困った様に肩を竦めてみせると、ネーネは誤魔化すようにニャアと鳴いた。
「あら、でもネーネ。どうしてあなたはこっちに滞在しても平気なの?」
「それにつきましては、一言でご説明致しますのは難しいというものでございます。ですが、そうですね…わたくしも元は、ミリア様やライネ様と同じ様に、こちらの出身なのでございますよ」
「こっちにも、しゃべる猫ちゃんが居るとは驚きだわ…」
ミリアが目を丸くして言うと、ネーネはおかしそうにゴロゴロと喉を鳴らした。
「わたくしとて、はじめからこの様な猫だったわけではございません。それにつきましては、また追々ということでよろしいですか?」
ネーネという猫は、本来はこういう無邪気な一面も持つ猫なのかもしれない。
そう思いつつ、ミリアは頷いた。
「あぁ、ミリア様」
ネーネが声をあげるのを、ミリアは何事かと首を傾げる。
ネーネはミリアの傍に近寄りながら、再び辺りを警戒しながら声を潜めた。
「昨夜、ライネ様からお預かりのカギはお持ちですか?」
言われて、初めてカギのことを思い出す。確か、今朝シャワーを浴びたときはそんなものはもっていなかったのだ。
「そういえば…、って、あれ?」
何の気はなしにまさぐったポケットに、小さな金属の感触を認めて取り出す。
それは、昨夜確かにライネから受け取った小さな古びたカギだった。
「入れた覚えないわよ…」
「ふふ…当然でございます、ライネ様がミリア様の為にお渡しになったカギでございますもの」
ネーネは満足そうに頷くと、ミリアにカギを貸すように言った。
ミリアは大人しくネーネにカギを渡すと、不思議そうにネーネを見つめる。
「どうするの?」