X人のご主人と愉快な式神たちの話
* * *
江戸の夜はいつもは明るい。
しかしこの大店の地域は妙に暗い。
「いつもは、ここらで気配を感じるんだって?吉名よ」
「おう。ほかの奴らは何もないんだがよう、あちきは分かるんでえ。
予感ってやつかな、だから、あんたに依頼したほうがいいと、あちきは思うんよ」
言う刹那、吉名はせわしなく周囲を見回しだした。
暗黒の中でも、吉名が険しい顔をしているのが見て取れる。
七衛門の頬が、塩でも塗りつけたように、ぴりりと頬の毛がそそり立つ。
―おい蓋翁よう、きやがったんじゃねえのかい。
《来たな――しかしなあ、話に似合わず、感じる呪力は小さいぞ》
―実は見かけ倒しの奴なのかもしれんぜ。
《体が大きくとも、呪力が小さくては小物も同然ぞ》
―さすがは、いたずら専門の妖かしなだきゃあるぜ。
うまくすれば、話し合いで解決できるかもしれぬ。
七衛門は安心しきっていた。
「あっ、そうだ」
「うお!」
吉名が「そうだ」と言ったのと、件の大顔が七衛門の前に姿を現したのは、
ほぼ同時であった。
吉名は、
「そいつ、どうやら若い男が好きらしくてよう、女にゃ目もくれねえ。
どうしてだが番頭の他にも、小僧とか雑色とか若い男を見ると追っかけまわすんでえ。
ああ、それとそいつの歯、金属音がするから、多分、刀と同じ切れ味なんだと思うぞ」
と、淡白な言い方をするのだった。
「それ充分すぎるほど危険じゃねえかああああ!!」
大口を開けて今にも七衛門を噛み砕かんばかりの勢いの大首に背を向け、
「ぎぃやああぁぁ!」
と白目をむいて走り去る七衛門である。
「おいこら吉名ぁ!てめーそういうことは先に言いやがれ!
どうすんの!?刀持ってきてねえぞ!」
「じゃあ素手でやっつけてくだせえ。残念ながら、そいつは女の手には負えねえんでさあ」
「てめえは男の面だろうが!つらだけでも男の味方してぇぇ!」
「嫌でありんす」
「薄情者だなこのやろぉぉ!」
この怒号も、結局は江戸の夜に溶けてゆく。
朧蓋翁も呆れ返って、やれやれとため息をつくばかりでらる。
やはり愚か者だ。