X人のご主人と愉快な式神たちの話
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化け狸事件より二日がたったころ――吉屋から報酬と共にもらった新しい羽織を身にまとい、
七衛門および朧蓋翁は江戸の町をぶらりぶらりと練り歩くのだった。
「しってるかい、あの吉屋って大店、最近は粋な色男が客寄せしてるんだってよ」
「なんだって、色男だあ?」
「なんでも色は黒いが女のように綺麗だってんで、見紛う奴もいるらしいんでえ」
「はて、そんなやついたかな」
「本当に最近になってひょっこりと店に顔を出し始めたってんでえ。
ありゃあ、歌舞伎役者かなにかの足抜けじゃあねえのかい」
「まさか、吉原じゃあるめえし」
道行く振り売りや魚屋の噂話は七衛門の耳にもばっちり届いていた。
「・・・あの狸、うまく人をばかしてんねえ」
あの夜、元の姿に戻った小柄な狸を腕に抱き、優しげに狸の頭をなぜる番頭と吉名の姿が思い浮かんだ。
『いやあ、狸に化かされていたと思うと、心なしか笑えて来てしまいまさあ。
情けの無い・・・。
私と遊びだたっかのでございますね』
『あんたも災難だったねえ、番頭さんよ』
『はい、まったく』
番頭はすっかり元に戻った様子で、照れくさそうに頭を掻いた。
『この子はうちの店で面倒を見ますゆえ、調伏は・・・』
『しねえよ、そんなこたあ・・・』
七衛門は頭をまた一つ振った。
『蓋翁いわく、そいつは化けてもてはやされんのが好きなようでなあ、
看板娘として化けさせて客寄せするってのも、いいんじゃねえかい』
まさか、実現させてしまうとは。
番頭権力はすごい。吉名とは格が違うというわけだ。