X人のご主人と愉快な式神たちの話
朧蓋翁と妖かし斬り師・七衛門
江戸の町は実ににぎわっている。
振り売りが粋な声で売り歩き、蕎麦屋からはもうもうと湯気が立ち込める。
道行く人の数知れず。
浪人、町人、奉行、小僧に町娘。
彼らは百鬼夜行が如く江戸の町を昼夜問わず練り歩く。
粋な男が純朴な町娘を口説こうとする様子も、おやつを買ってと子にねだられて、
しゃあねえなあ、と眉を下げる父親の姿も、蕎麦屋で十六文の蕎麦をすする小柄な青年の姿も
見られる。
「うめえ、なあ」
この寒空の下、もうもうと暖かい湯気が立ち込める蕎麦をすすり、小柄な青年は満足げに喉を鳴らした。
この青年、齢は十八ばかりで小柄だが、若手の歌舞伎役者のようにいい身体つきである。
青年の髪はうなじのあたりで無造作に切られ、獅子のたてがみのように乱れた茶髪。
たいしていい顔の男ではない。
しかしその満足げな面は、不思議と人に安堵を与える。
黒い着物は洗いざらしで、身に纏う羽織も薄く安価そうなのが見て取れる。
この青年の名を、池田七衛門という。
「ひさしぶりに蕎麦をすするってえのも、なかなか楽しいもんだねえ。
帰ったら昼寝でもしようかな」
《夜には起きるのだぞ》
七衛門の隣の影が蠢いた。
この影とも空気の揺れともつかぬものの正体は、七衛門以外には見て取ることができない。
七衛門のその焦げた茶色の瞳には、法衣をまとった翁の姿が映されていた。