シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
バイクとの距離を詰めるそれは、三本の突起で凄まじい移動能力を見せつけた。
その時…一瞬だけ。
その血走った目…らしきものと視線が合った気がしたんだ。
途端に頭に響いたのは――
――食べちゃって!! "ねえさん"。
夢の中でよく聞いていた…イチルの声。
膨張する…あたしの中の埋もれた記憶。
朧だった夢の事象の断片が大きさと質量を増して…現実に流れ込み、時間軸は反転した。
認識したのは過去の、現実だった事象。
――きゃああああああ!!
あたし…
あれを昔見た。
見たんだ。
犬のように思えた…あの怪物を。
イチルは姉と呼び…そして、
――この石の真の所有者が苦しんで死ぬために、死んで、ねえさん!!
殺したんだ。
イチル自ら、この奇怪なものを。
首を絞めて。頭を地面に打ち付けて。
鬼女のように。
あの時死んだはずのものが、何故今ここに?
同一? 違うもの?
何でイチルは、姉と呼んだの?
「くっ…裂岩糸が…効かない!!!」
桜ちゃんの声に、はっと我に返ったあたし。
「…桜、あれは…"虚数"に塗れている。お前は運転していてくれ。出来れば…あれの直線上の位置を保持して欲しい」
「玲様?」
「……"相殺"だ」
そして瞬時に桜ちゃんと玲くんの位置は入れ替わり、後ろ向きに立った玲くんは、両手を広げて…無防備な姿を晒したんだ。
まるで磔にされた聖人を彷彿させた。
儚げで、美しく…凛然としたオーラを放ち。
「玲くん!!!?」
それが"犠牲"精神によるものではないかと、心配になったあたしが声を上げた時、玲くんの体は白金(プラチナ)のような…銀とも白ともつかない光を放ち始めた。
犬もどきの怪物が、そんな玲くんの頭に噛み付こうとした時。
まさに牙みたいなものが玲くんの髪に届くその寸前で、ぴたりと動きをとめたんだ。
まるでそこだけ、時間が止まったかのように。
そして玲くんは、いつの間にか青の光に染まった右手を、大きく開けたその口の中に入れ、そのまま斜めに突き破った。
そして手を抜いた時、それの体は青く発火し…地面に崩れた。
「ふおおおおお!!」
残虐と思う時間すら与えぬ、見事な勝利。
あたしは思わず拍手をしてしまった。
「何だよ、神崎。ボクも見たいよ、師匠はどんな奥義を出したんだい!!?」
「カッとしたままピタッとした口にグー入れて、ボン!!」
「……神崎、判らない…。って…あれ、あれれれれ!!?」
今度は由香ちゃんが変な声を出し、あたしは慌てて前方を見た。
「なんだい、あれは――…
バリケード!!!?」
『下水道工事中につき、迂回せよ』
そんな不吉な文字が見えた。
「ひぃぃぃぃっ!! このままならぶつかるよ、ぶつかっちゃうよ!!」
「由香ちゃん、スピード緩めて、もしくはブレーキ!!!」
「ここ…下り坂になってるし、全力がインプットされた足は、すぐにはとまらないんだよ!! ブレーキって、何処さ!! ハンドル!!? ハンドルの下…あ、もげた…」
「もげた!!?」
今…細長い何かが転がり落ちた気がする。
あれ、もげちゃっていいんですか!!?