シンデレラに玻璃の星冠をⅢ

意思 玲Side

 玲Side
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甘い思い出など何もない。

体が疼くのは、警戒心の再現だと言うことはよく判っている。



「体は覚えているでしょう? ハジメテ愛し合った時のこと」


グロスをたっぷりとつけた、濡れた緋色の唇が弧を描く。


「もしかして…前の"腐腐腐"で五皇のこと記していた青い手紙の…『るんるんがんばったミサキさん』…?」


勘がいい由香ちゃんから漏れた言葉に、僕がじとりとした目を向ければ、慌てて口を手で押さえて口を噤んだ。

そのままいつもの如く三日月目をすると思いきや…なんとも複雑そうに笑う。


「よくここまで見事に美しく成長したものね。凄く…好み。醜悪な私の夫…三善なんかと大違い。

格好がどうであれ、玲の体が男であれば…それだけで私はいいの。私を…満足させて? 私も貴方を満足させてあげるから」


どうしても当時の癖で、反射的に"仮面の笑み"で対抗してしまう僕だけれど、今回ばかりは上手く…笑えない。

俯いて震える芹霞を見たら、僕は――。


「………。貴方は、紫堂と縁は切れたはず。これ以上、"義務"を果たさなくても結構です」


……もう、限界だ。

僕は昔ほど、我慢強くない。


言葉尻に、たっぷりと皮肉を詰め込んで。


それに忘れるものか。

紫堂本家で紫堂当主の言葉を。

この女は…兄に頼まれ、僕の子供を実験の糧にする…"運び役"。

恐らく、嫁ぎ先に居られなくなった彼女は、紫堂本家に居続けるための…当主が持ちかけた条件を飲んだのだと思う。

或いは…当主に僕を"摘み食い"しているのを見つかり、強請(ゆす)られたか。


「あら、何の事かしら?」


とんだ女狐だけれど――。


「何の事でしょうね。今更、咎(とが)めるつもりはありません。流されていた自分に、反省していますので」


僕にも、完全に非がなかったとは言い切れない。

流された僕だって、悪いんだ。


「反省? あんなに喜んでいたのに…?」


ねっとりと、肉食獣のように美咲さんは笑う。

俯く芹霞を見ながら、わざとなんだろう。

芹霞は震えながら、「か」を連呼しているのが漏れ聞こえてくる。


今――、

芹霞の胸に占めるのは…どんな感情だろう。

鈍い芹霞といえど、僕とこの女とのただならぬ関係の会話の意味しているところに、気づいているだろう。


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