シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
ああ、だけど。
怒りが頂点に達する寸前で、この騒ぎ。
今更蒸し返して、怒る気分でもなくなってしまった。
幾分か消化不良感を残して芹霞を見ると、芹霞も実に複雑そうな顔を返してくる。
「このドタバタ…どうしようか」
「止めた方がいいのかな…。凄い真剣だけど」
「むふふふ。イケイケ、クオン!!」
全くもって…毒牙が抜かれた心地でいる僕達(由香ちゃんは…どうなんだろう?)。
「あ、あれは!!!」
「ニャ?」
「貰った!!!」
やがて美咲さんは、古典的な方法で…注意をそらした化けネコの頭をぺちんと叩くと、酷く満足したような顔になり、化けネコに背を向けて解れた髪を手で直し始めた。
その瞬間。
「フーッッッ!!!」
荒ぶる化けネコは、ぐるんぐるんと…桜の腕を軸にしてカバンの取手ごと…鉄棒技で言えば大車輪を始め、驚いた桜が思わず腕を上げた途端、カバンは桜の肩からすぽーんと抜け――、
「うぐっ!!」
そのまま由香ちゃんの顔面にぶちあたり、
「あぎゃ!!」
直ぐ様小さい両足で、更に由香ちゃんの顔を蹴り飛ばして、
「オ、オトメの顔に何するんだい…!!」
後ろ向きの美咲さんの後頭部に向けて飛んだ。
そして――。
ボガッ。
慌てて桜が、落下する化けネコカバンを両手に抱える。
「ニャアアアアン!!」
してやったり、という…勝利を掴んだ化けネコの鳴き声。
「すごっ…カバンの重みを加算して…」
「後頭部直撃の……凄いネコパンチ…」
「ですね…」
「誰もボクの顔を心配しないのかい!!! というか、真っ直ぐあっちに飛べば良かったんじゃないか!!? なんでボクを踏み台!!?」
僕達はもう、この…ネコらしからぬ化けネコ具合に慣れきってしまっているけれど、美咲さんにとっては…その非常識具合が戦慄するほどのものだったらしい。
確かに…見るからに奇天烈ネコは、化けネコ街道まっしぐら。
そんなネコに攻撃を食らったことが、人間の美咲さんにとっては、肉体よりも…精神に受けたダメージが大きかったらしい。
僕は決して美咲さんに好感はないけれど、ほんの少しだけ彼女を擁護するのだとすれば、美咲さんの"恐怖"は…人としての、真っ当な反応だろう。
反応が鈍くなった僕達の方が、おかしい。
美咲さんは青ざめた顔で、よろよろしていたが、やがて頭を横にふるふると振り、気を取り直したように僕達を見た。
「……!!」
その顔は――。
「ついてきなさい」
意外過ぎるほど、まるで別人のように険しく硬い顔で。
美咲さんは端的な言葉だけを発すると、白衣を翻して僕達に背中を向けたんだ。