シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
しかし僕達はそれに従う義理はない。
ましてや何処に連れていかれるのか判らない。
僕達は当然の如く、動かなかった。
するとそれに気づいた美咲さんはぴたりと足をとめると、わざとらしい溜息をつき、くるりとまたこちらを向く。
向けられる眼差しには、先程までの…化けネコ相手に騒いでいたような子供じみたものでも、また化けネコに攻撃を食らって驚愕に満ちたものでもなく。
ましてやその直前の、僕を誘うようなねっとりとした熱を孕んだものでもなく。
無論、芹霞に対して含んだ笑いを見せていたあの高慢な表情でもなければ、遙か昔に僕を騙して…部屋に連れ込んで縛り上げ、無理矢理…といった、Sの悪女じみた表情でもなく。
今のものが素なのか演技なのかは判らないけれど、この…冷淡にも思える"静"の表情は危殆を孕み、どことなく…紫堂の当主を彷彿させた。
ああ、彼女もまた…紫堂の者なんだ。
彼女から力は感じないけれど、当主に通ずる強い意思や威厳は感じる。
それは野心にも似た…強いもので。
もしも美咲さんが男性で強い異能力があったのなら、当主の地位にいただろうか。
ふと、そんなことを思ってしまった。
紫堂における女の地位はとても低い。
濃い種を残す為にと…親戚同士の婚姻を常としてきた紫堂は、その間に生まれて来たのが男なら、親に勝る力を秘めていると聞いたことがある。
しかし女は…その力を発揮出来るものは少ない。
元々紫堂は、異能力者の寄せ集めであり、紫堂の先祖がただそれを紫堂という名で取りまとめただけだから、先祖は強い力の女がいたのかもしれないけれど、今の紫堂で力があるということで名を馳せた女性は、聞いたことがない。
外に放てる力がない分…内に秘めた力で子供を生み出すのだろう。
だから女性は、紫堂において"弱者"とはみなされない。
つまり、僕よりも地位は上なんだ。
地位が低い僕は、生殖の道具。
何処までも――。
「ついてきなさい」
美咲さんは再びそう言った。
「このままでは、中に入れないわ。入りたいんでしょう?」
そして指さしたのは…更正施設ではなく、ひとつの看板。
それは目立たなくするのが目的のように、植物に覆われた古い看板で。
『アレート製薬 薬理研究所』
とあった。
アレート製薬…と言えば、確か…。
「ええ、ジキヨクナールの開発していたのがここの研究所」
そして美咲さんは、遠い向こうを指さした。
目を凝らして見てみれば、植樹に隠れるようにして、大きな建物がふたつ…。
「右が自警団更正施設。左がアレート製薬薬理研究所。このふたつは、内部で繋がっている。そして私は、研究所主任」
無関係ではないのだと、暗に匂わせどこまでも含んだ笑いを見せる美咲さんは、
「ねぇ玲。貴方…携帯のストラップ、無くしてなくて?」
突然予想外なことを言い出した。