シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「アホハット」
煌が眉間に皺を寄せながら、それでも真っ直ぐな視線で緑皇に問いかける。
緑皇というの威厳を見せているのに、なおも軽い雰囲気の情報屋の呼称で呼ぶことにためらいがないのは、煌の剛胆さゆえのことだろう。
「何でそんな重要事項……今言うよ?」
褐色の瞳は細められていく。
「お前全て判っていて俺達の傍に居たんだろ? 小猿に接触したのだって、元はと言えば雄黄繋がり。全て黙り込んで煙に巻いて、それで何で今、こうべらべらと正解晒す? 魂胆があるんじゃねえか?」
「判った"時間"が早かった処で…お前達に取る術はあったのか?
今ですら、ここに辿り着くまでにどれだけの時間を費やした?」
それは、辛辣な言葉で。
「人は、与えられたものに対しては、それがどんな深刻なものであろうと…現実味を帯びて考えぬ。絵画の一背景であり、やがて薄れ去られるもの。
だが自分が傷つき掴み取ったものに対しては、過去未来関係なく、異常な程の執着を見せる。
五皇とて、代替わりをしてもなお、命を脅かすものとして、黄の印が刻まれているのは、それはどんな時間軸においても、決して忘れてはいけないという戒めでもある。
黄の印を持たないお前達にとっては、特に五皇の事情は他人事だろう。緋狭において助けたいと思う心があったとしても、それが俺や氷皇だったらどうだ? いや…お前をこの世界まで追い詰めた黒皇…久涅だったらどうだ? お前達は、なんとしてでも助けたいと思うか」
俺は――。
「判るか。人は…自分の価値観によって、心を決めている。それが正義の正体だ。なにかを悪としなければ、無秩序となる世界は負の因子が蔓延する。負は負を呼び、決して正の因子になることはない。正となりえるのは、都合のよく…人が生み出した、論理の中だけのもの。実際の世界は…表世界のように、虚数が満ち満ちることとなる。マイナスの…虚数の力を、人は侮りすぎている」
正とは…表世界にいるのが当然と思って生きてきたもの。
負とは…表世界に生きられず、救済を求めていたもの。
それに限らず、心象世界における…ネガティブな心もその成長はあっという間で、ポジティブな心までも飲み込むもので。
そう…、負の連鎖は芹霞にふられた俺自身、よく判っていたはずだ。
あの時、俺を救済したのは…自ら傷つきながら俺の元にかけつけた緋狭さんと…、自らの封じた心を吐露してまで俺に喝を入れた久遠と…、同じく泣き叫びたいだろう心を必死に抑えながら、俺を抑えて支えようとしてくれた煌と。
だから俺は――。
そしてこの世界の者達もそうだ。
言葉では通じない。
行動でも通じない。
だけど、俺が死を経験したということで、空気が変わった。
救済したいものと同じレベルまで、堕ちよということか。
救済したいものと同様に傷つき苦しまねば…真の解決策は見いだせない。
高み見物は……一番してはならない"憐憫"だ。