シンデレラに玻璃の星冠をⅢ


それはよく判ったけれど…。

私の目を拭いているティッシュ。


くちゃりと丸められた…明らかに"使用済み"のものは……


「ニャア……」

「よちよち、お前も悲しくなっちゃったんだね。お前と同じ名前の王様、絶対会えるから。絶対……」


鼻タレ化けネコの、鼻を拭いたものでは…?


目もとに濡れた感触がしたのは、私の涙ではないだろう。


涙ならもっとさらりとしているはずで。

しかし感触は、ぬるりとしていて。


………。


ぬちゃ……?



頭を垂らし気味の化けネコの顔を一瞥した。


………。


歯を剥き出して、変な顔で笑っている。


私は、無言でカバンを腕から抜くと、地面に落とした。

化けネコは…"開き"となった。


私と女ふたりの視線に気づいたらしく、慌てて体勢を整えようとしたみたいだが、体が思った以上に重かったらしく、またすてんと転がって、"開き"一丁。


最早生物学上のネコとしての基本的な動きすら緩慢で、この先どうしていくつもりなんだろう。


「お前が何をしたって、櫂は死ぬものか!! 絶対!!」


この間も、玲様は久涅に詰め寄り、櫂様の生存を…あくまで希望的観測としてだが、涙ながらに訴える。

実際生きているのを知っているのだから、それは力強い演説にはなるのだけれど…。

この場で、玲様だけが演技達者であり、あとは無感情な私と、大根役者ふたりと化けネコだけ。


ひとつ、見落としていることがある。


「そういえば紫堂の家でも居たな。そこの小娘。助かったのか?」


久涅の視線の先には由香さん。


そうだ、彼女は"約束の地(カナン)"の爆破を逃れた唯一の者。

救済のヘリには乗っていなかったんだ。


何の力もない彼女が生き伸びて、早々に私達と行動を共にしているというのはおかしくないだろうか。

「そ、そ、そうだよ…!! し、しし紫堂が…」


駄目だ、ボロが出る。


「櫂ちゃんやワンちゃんなら、格好つけて女の子助けて自滅しそうだよね。よかったね、君。彼らを犠牲にして助かって」


「なんだよ、その言い方!!!」


さすがの遠坂由香もキレてしまったようで。


「どんな思いでボクた……ぐえっ」


複数形にて、衝動的に本当のことを言い出そうとした由香さんの頭を、横から"殴った"のは――


「あ、どうしてお前は!! 由香ちゃんも大丈夫?」


さっきまで"開いた"ままだった、化けネコ。

玲様の早業にて、犯人に仕立て上げられたようだ。


まるで石と石がぶつかるような重い音をたてて、遠坂由香は詰るような目を玲様と化けネコに向けた。


しかし私と、多分芹霞さんは思っている。



さすがは玲様。

ナイスです。


と。

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