シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
こんな男でも、妹を溺愛していると?
私はせせら笑いたい気分だった。
妹を溺愛している兄が、妹と恋仲でもない男に、上司に命令されたからと言って、人身御供のように捧げることなんて出来ないだろう。
玲様だけではない。
この男は、木場で――
朱貴が相手をした、不特定多数の人間達を、妹の相手にさせようとしていたんだ。
それを阻もうとした私達に、怒ったのは誰でもない、周涅本人だったじゃないか。
「妹の人生を、皇城の犠牲にさせて本当にそれでいいのか?」
「人生など…犠牲がつきものさ」
周涅の口調が重くなる。
まるでスイッチの入った氷皇のように。
「犠牲があってこそ、人は強く生きられる。死ぬのは弱いからだ。俺は紫茉を守らねばならない。紫茉が死なぬようにする為には、僅かな犠牲は覚悟の上」
「木場で、妹の相手に大勢を与えたのも、僅かな犠牲なのか!?」
玲様は私の話を覚えていたらしい。
「ああ、僅かだ。それによって、紫茉の命の保証はされるのだから。この程度の犠牲で、紫茉は弱者として葬られず、強者として生きていける」
そう信じ切っている、恍惚とも思えるような表情。
それは……周涅の真意なのだろう。
そう言い切れるということは、彼もまたそういう環境に育ってきたのかもしれない。
紫堂も弱肉強食の世界。しかし紫堂においては、弱者の生死は当主の気分に左右されるものが多く、あとは例えかつて次期当主として紫堂に君臨していた玲様であろうと、召使いに至るまで、陰湿にも冷遇され、矜持を壊され続ける。
皇城は組織的に紫堂とは規模も歴史も違う。
周涅が雄黄に絶対服従を納得しているというのなら、周涅を抑え込められる皇城という場所は、私が思っている以上に"異質"なのかもしれない。
しかしだからといって、その為に妹の純潔を穢れさせて、一生立ち直れない程の傷を負わせても、それをよしと考えるのならば、人としてこの男は終わっている。
なにより七瀬紫茉は皇城に染まった人間ではない。
無鉄砲さはあるけれど、友達思いの普通の少女だ。
彼女の人生に、皇城の論理は関係ない。
――死ぬのは弱いからだ。
私も強さを求めているから、弱い=死ぬという方程式が成り立つ感覚だけは、よくわかる。
私にとって感情とは弱さであり、だから切り捨てるべきものだと思った。
しかし今、強さの為にはそうした弱さを認め、真っ向から見つめ直さねばならないと思っている。
それだけではない、心とは強さに重要な意味を持つと思っている。
強さには、犠牲は必要ない。
なくても、人は強くなれる。
私でも気づき得たことを、なぜ皇城の大三位は気づかない?
「……。お前の言葉を推し量れば、紫茉ちゃんが僕の子供を産まねば、紫茉ちゃんは……」
玲様の声音のトーンが落ちた。
「殺される、のか?」
周涅から返答はなかった。