シンデレラに玻璃の星冠をⅢ
「市販されていたのとは、違うのか?」
口を挟んだのは玲様だった。
「ああ、市販されていたものはこれを希釈したものさ。紫茉ちゃんの薬は、力ある若者達を"凝縮"しているけれどね。市販されていない今、ここで作られるのはすべて紫茉ちゃん専用と思ってもいい。ああ、薬作りは……紫堂の手を借りたよ。皇城よりその道に明るいらしいからね」
含んだような眼差しを、玲様に向けた。
それは藤姫の操り人形となっていた昔のことを指しているのだろう。
紫堂と皇城がこの薬作りで接点を持ったとしても、回収された『ジキヨクナール』の製薬会社は紫堂系列ではなく、この建物……三善美咲が主任をしていた研究所も、玲様の記憶にはないと言っていたはずだ。
玲様が掴めない情報ということは――
ああ……、裏で動いていたのは紫堂現当主だったからか。
彼が、情報を潰していたのか。
だから美咲も、彼に今も秘密裏にこの場所に使わされていたのか。
しかし、彼女が関わっていたらしい玲様自身の"実験"と、『ジキヨクナール』は何の関係があるのだろう?
その時――
「先輩は……あたしのために…。あたしは、先輩達の命で、生きてきたというのか……」
七瀬紫茉の目から涙が零れ落ち、堪えきれなかったというように、嗚咽が漏れた。
「紫茉ちゃん……」
芹霞さんが鼻をすすりながら斜め後ろに座って、小さく丸まったその背中をなで始めた。
「北斗の巫女とやらではない、普通の人々に無差別に薬を広めたのはなぜだ?」
玲様の硬い声が響く。
「妖魔が繁殖する"来るべき刻"に備え、人に羅侯(ラゴウ)の……妖魔の免疫をつけさせるためさ。異能力がある紫堂は生まれながらに瘴気に対して感知力や抵抗力がある。だが普通の人間は違うだろう? 瘴気に対して免疫力をつけさせるために、呪詛化させた瘴気をわざと体内に取り入れさせる。病原菌を体内に入れて免疫をあげる…インフルエンザやはしかなどと原理は同じ。予防接種さ。
免疫がないために大量死を招くより、それを防ぐために多少の犠牲を必要だとしても、大事の前の小事。仕方がないこと。まあ瘴気に敏感に反応する人達が"副作用"だと騒いだから回収にはなったけれど、遅かれ早かれ、一定の割合で流布され効果が見られたから、引き上げるつもりだったんだけどね」
周涅は喉元で笑う。